ゼロ知識証明、シンギュラリティが近づく

ゆっくり、だが突然に。

変革をもたらすブレイクスルーへの道のりは、しばしばよく知られたパターンをたどる。そして、2024年9月はブロックチェーンのトランザクションの有効性をリアルタイムで証明することが加速した転換点として記憶されるかもしれない。

まず、ポリゴンラボ(Polygon Labs)は先日、Fabric Cryptographyの専用半導体「検証処理ユニット:VPU)の購入を発表、ゼロ知識(ZK)証明能力の大幅な進歩につながると述べた。

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Succinct Labsは、レイヤー2ブロックチェーンのOptimismと共同で、OP Stackによるオプティミスティック・ロールアップ・チェーンをわずか1時間でZKロールアップにアップグレードするフレームワークを発表した。ユーザーは、ロールアップがオンチェーンで記録された後、より早く資金を引き出すことが可能になる。なぜなら、オプティミスティック・ロールアップでは必要となる紛争解決期間が、ZK証明による確実性によって置き換えられるためだ。

そして先日、RiscZeroは、すべてのブロックチェーンにとっての分散型で検証可能なコンピューティングレイヤーを目指すとの計画を発表した。

こうした一連の発表は、ゼロ知識証明が、スケーラビリティ、スピード、コストの改善に向けて加速していることを示している。

FabricのVPUは、専用アーキテクチャと暗号に特化した計算能力により、飛躍的な進化が期待できる。私は、Fabricのリサーチャー、開発者、戦略的投資家として、実環境でのテストが待ちきれない。

だが業界全体としては、より大きな目標に目を向ける必要がある。ハードウェアによ高速化は、広範で複雑な課題の克服に向けた取り組みの一要素に過ぎない。つまり、ブロックチェーンのリアルタイム証明、いわゆる「プルーフ・シンギュラリティ(Proof singularity:証明の唯一性)」の実現だ。

プルーフ・シンギュラリティは、ブロックチェーン技術の進化における重要なマイルストーンだ。なぜなら、ブロックチェーンネットワーク全体のスケーラビリティ、プライバシー、相互運用性を妨げるボトルネックを解消できるから。リアルタイム証明を達成することで、アプリケーションは機密データを公開することなく、複雑な計算を安全に実行できるようになり、プライベート・トランザクション、機密性の高いスマートコントラクト、非常に効率的なロールアップなどのユースケースへの扉が開かれる。

この変革は、レイテンシーを大幅に削減することでユーザー体験を向上させるのみならず、ゼロ知識技術を現実世界のアプリケーションにおいて実用的なものとし、分散型金融(DeFi)からエンタープライズ・ブロックチェーン・ソリューションまで、幅広い普及を促進する。

プルーフ・シンギュラリティの広範な影響は、個々のブロックチェーンネットワークを超え、より相互接続され、スケーラブルなWeb3エコシステムへの道を切り拓く。ZK証明がより高速化し、効率化するにつれ、クロスチェーン・コミュニケーションと相互運用性は大幅に改善し、さまざまなブロックチェーンプロトコル間のシームレスでセキュアなやりとりが可能になる。これにより、データプライバシーとセキュリティがインフラに本質的に組み込まれるというパラダイムシフトが実現され、ヘルスケア、金融、サプライチェーン・マネジメントなど、厳格なデータ保護基準を必要とする業界における信頼性とコンプライアンスが促進される。

究極的には、プルーフ・シンギュラリティは、ブロックチェーン技術の基礎的な原則を再定義する可能性を秘めており、パフォーマンス、セキュリティ、プライバシーをかつてない方法で融合し、ブロックチェーン・イノベーションの次の波を推し進める。

ハードウェアによる高速化:必要だが十分ではない

こうした野心的なバックグラウンドを踏まえ、FabricのVPUは従来のGPUと比較して、最大10倍の大桁整数(RDBに使われるデータ形式)演算能力を提供する。ポリゴンは、VPUに投資し、Polygon zkEVMのようなアプリケーションを強化することで、プルーフ生成の最適化へのコミットメントを強調している。確かに、VPUの性能は素晴らしいが、エンドツーエンドのリアルタイム証明には多くの技術的ハードルが残っている。大桁整数演算は一要素に過ぎない。

我々は過去の経験から、真のリアルタイムZK証明は、ハードウェアだけでは実現できないことを理解している。業界のアプローチは、単にハードウェアの演算能力の向上だけではなく、シームレスなリアルタイムZKアプリケーションの実現のハードルとなっているさまざまな課題に対処するために、ハードウェアとソフトウェアのフルスタックな、つまり、すべてのレイヤーにおけるインテグレーションに焦点を当てるべきだ。

垂直統合アプローチ

  • より優れたzkVMアーキテクチ:zkVM(ゼロ知識仮想マシン)アーキテクチャを根本から再考しよう。現行世代のzkVMは、過去のコンポーネントからの連続性による多くの制約がある。zkVMの実行と証明が最初から最後まで並行して可能になるよう、zkVMアーキテクチャを再構築する必要がある。
  • リアルタイム・プルーフ・アグリゲーション:これを組み込むことで、業界は見過ごされがちな大きなボトルネックである検証コストとレイテンシーに対処できる。リアルタイム・プルーフ・アグリゲーションにより、最小限のレイテンシーで、チェーン上で安価に証明の検証が可能になる。
  • ハードウェア/ソフトウェアの協調設計:リアルタイム証明には、CPU、GPU、VPU、フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ(FPGA)など、さまざまな種類のハードウェアを活用しなければならない。なぜなら、それぞれに性能とエネルギー効率のトレードオフがあるからだ。ハードウェア・パワーを最大限に引き出すには、ハードウェアとソフトウェアと協調設計する必要があり、それにより異なる技術要素の間でのパフォーマンスの低下を防ぐことができる。

結論

PolygonのVPUへの投資は、エキサイティングな前進のサインだが、シンギュラリティを証明する道のりには、ハードウェアの革新以上のものが必要だ。ZK技術の真の可能性は、先進的な回路、最適化された暗号技術、システムレベルのブレイクスルーのバランスのとれたコンビネーションによって実現される。ZK技術の可能性を押し広げ続け、リアルタイムZK証明が単なる可能性ではなく、現実となる未来の実現を目指そう。

競争は始まっている。競争は、より高速なチップにとどまらず、ゼロ知識(ZK)技術全体を再考することだ。

|翻訳・編集:CoinDesk JAPAN編集部
|画像:NASA Hubble Space Telescope/Unsplash
|原文:The (Zero-Knowledge Proof) Singularity Is Near