ハッシュパレットをアプトスに売却──疑問点や背景を吉田CEOに聞く【独占インタビュー】

10月3日、レイヤー1ブロックチェーンのアプトス(Aptos)がパレットチェーン(Palette Chain)を手がけるハッシュパレット(HashPalette)の買収を発表した。国内チェーンの海外チェーンによる買収は初めてのこと。しかもハッシュパレットのネイティブトークン「パレットトークン(PLT)」は国内IEOの第1号案件だった。

パレットチェーンはアプトス・ネットワークに移行し、パレットトークンは暗号資産アプトス(APT)への交換が予定されている。ネット上では「交換は強制利確になるのか」「1年間のロックアップは厳しい」との声が聞かれる。

トークン保有者の不安への対応、現状での疑問点、売却の背景について、ハッシュパレット取締役会長兼創業者であり、親会社ハッシュポート(Hashport)代表取締役CEOの吉田世博氏に聞いた。

パレットトークン(PLT)からアプトス(APT)への交換は強制利確になるのか

──発表前後のパレットトークン(PLT)の価格推移を見ると、発表前の3.5円付近から発表後は3円を割り、今もその水準にある。市場やパレットトークン保有者の間には不安が広がっているようだ。現状をどう捉えているか。

まず今回の取引の構造について説明したい。今回の取引には2つの部分があり、株式会社HashPalette(ハッシュパレット)の株式譲渡と、チェーンの統合の2つに分かれている。今回、正式に詳細を発表したのは株式譲渡の契約についてだ。

なぜチェーン統合の詳細がクリアになっていない段階で発表したかというと、IEOトークンの発行体であるハッシュパレットの主要株主の変更は、日本暗号資産取引業協会(JVCEA)の「新規暗号資産の販売に関する規則」およびそのガイドラインで定められた適時開示事項であり、速やかに開示しないと規則違反になる。なお、運営会社の主要株主の変更は適時開示事項だが、規制当局もしくは暗号資産交換業者(取引所)の承認が必要な事項ではなく、規則とガイドラインに則って会社法上の手続きを進めている。

一方、チェーン統合については、ガイドラインや会社法のような標準が存在していない。よって、ホワイトペーパーが会社法における定款のような役割を果たしていると認識している。

パレットチェーンのホワイトペーパーはIEO時よりWebサイトで公表しており、コンソーシアムによるガバナンスを行うと明記している。コンソーシアムメンバーは保有者から委任を受けたトークンの量に応じて投票権を持ち、重要事項については3分の2以上の承認で決定される。ガバナンス投票はオンチェーンで行うことを前提としているが、今回は情報が外部に漏洩した場合、アプトスとパレットトークンの価格に影響を与えてしまうことを考慮して、9社のコンソーシアムメンバーがチェーン統合に反対しないことを事前に確認したうえでチェーン統合の方向性を公表し、オンチェーン投票手続きは株式譲渡後に正式に実施することとした。プロセスは、ホワイトペーパーに則って瑕疵なく進めていると認識している。

チェーン統合に関する具体的なプロセスはまだ協議中の部分もあり、保有者をはじめ、多くの方にご心配をおかけしたと考えている。チェーン統合の最終決定は、株式が譲渡された後、アプトスが進めていくことになるが、我々からさまざまな要望を伝えている。

──Xでは「パレットトークンからアプトスへの引き換えは、強制利確になるのではないか」「1年のロックアップは厳しい」という声があがっている。ここに関する詳細も今後ということか。

パレットトークンのアプトスの引き換えについては、タイミングは強制ではないと考えており、他のチェーンでもあったように、税金面でユーザーへの影響が小さくなるタイミングで開始するよう進めていきたいと考えている。

ロックアップについても「可能性があります」という書き方をしているとおり、最終的な決定事項ではない。アプトスはこれまで、外部にトークンを渡す際には既存トークンホルダーに影響を与えないように、必ずロックアップ期間を設けており、それを踏まえて、現時点でその可能性を注記した。一般ユーザー保有分のロックアップの廃止・軽減については、アプトス側と長く交渉をしてきており、これからも交渉を継続していく。

──交換のタイミングは強制ではないが、暗号資産の交換は売買、すなわち利益確定と見なされ、税金が発生することになるのか。

可能性はあると理解しているが、最終的には専門家の解釈によると考えている。同じような例は他にもあり、例えば、LINEグループが提供していたフィンシア(FNSA)は、クレイトン(Klaytn)と統合して新たにカイア(Kaia)というチェーンになり、それぞれのトークンも暗号資産カイア(KAIA)に置き換えられる。またポリゴン(Polygon)チェーンのMATICはPOLになる。そういった事例の税務処理が参考になると考えている。

力不足、グローバル競争に求められる数億ドルの投資は困難

──国内IEOの第1号案件を手がけたハッシュパレットが海外チェーンの子会社になり、パレットトークンがなくなってしまうことに対してはネガティブな声もあがっている。

チェーンの研究を長く行ってきたが、力不足を感じた。今年4月以降に「THE LAND エルフの森」の利用拡大に伴うチェーンへの負荷増加を通じて、万博などの社会インフラを支えるチェーンとしての性能不足を実感した。パレットチェーンとして大型の技術アップデートを行っていく方向性も模索したが、最終的に事業譲渡をするような形になってしまったことは、トークン保有者の期待に応えられず、大変申し訳なく思っている。

レイヤー1/レイヤー2のブロックチェーンの世界は、黎明期から成熟期に入り、勝ち筋も一定のパターンができている。一番重要なのは開発者を惹きつけていくことだ。では、どうすればグローバルトップレベルの開発者を惹きつけ、成長する経済圏を作れるか。チェーンの評価は、技術的差別化、TVL(Total Value Locked)規模、ユーザー規模の3項目で構成されると考えている。それぞれの項目は影響し合うが、最低2つ以上の項目で優位性を確立することが重要になると考えている。

技術的差別化は、いまや数億ドル単位の先行投資が必要だ。例えばアプトスは、旧フェイスブックでリブラ/ディエム(Libra/Diem)を開発していた時代からの技術的蓄積に加えて、4億ドル以上の資金調達を行って技術開発に投資している。我々が単独で同レベルの投資を行うことは難しいとの認識だ。

TVL規模では、DeFi(分散型金融)関連サービスが重要なグロースドライバーとなっているが、パレットチェーンはスタート以来、DeFi関連のサービスをエコシステムの中に認めてこなかった。日本国内ではDeFiに関する法的論点の整理が進んでおらず、違法行為になってしまう懸念があったからだ。その代わりとしてGameFiに取り組んだが、チェーンのTVLを十分に拡大できるレベルの新規流入を作り出せるような成功には至らなかった。

これらを踏まえると、ユーザー規模において、大阪・関西万博を通じて優位性を確立できても、残りの2項目のどちらかで優位性を確立して流通時価総額でグローバル上位のチェーンを目指すことのハードルは高い。チェーンアップデートを行ったとしても勝ち筋が不明確だと考えた。

もう1つ、特定の国・地域を軸としたチェーンが優位性を持つという仮説は否定されつつあると考えている。パレットチェーンを開発した2020〜21年頃は、特定の国・地域に根差したエコシステムを差別化としたチェーンの可能性が世界各地で議論された。今年に入って、ハッシュパレット創業以来、ベンチマークとしてきたフィンシアとクレイトンが合併してリブランディングし、拠点もUAEに移したことは我々にとって衝撃的なニュースだった。グローバル規模でチェーン競争が激化している今、特定の地域にフォーカスする戦い方は難しい。チェーンビジネスにおいてグローバルでの競争力の有無が常に問われる市場環境になっている。

勝ち筋が明確でない状況で単独で成長していくより、グローバルトップクラスのチェーンと統合することで日本のユーザーと開発者により良いサービスを提供し、日本と世界のWeb3エコシステムの融合とWeb3の社会実装を進めることができると考え、今回の結論に至った。

──ハッシュパレットとして2件目、国内5例目のIEOだったエルフトークン(ELF)も今回、アプトスに移行することになった。エルフトークンは厳しい状況にあったようだが。

エルフトークンのパフォーマンスに関しては非常に申し訳なく思っている。DeFiの構築が難しいパレットチェーン上で、多くの人にプレイしてもらえるゲームを通して新規流入を増やし、TVLを拡大していくことを期待したが、IEOプロセスにおけるトラブルやリリース後の度重なるバグなどで、トークン価格を巡航軌道に乗せることができなかった。今はシステムも改良が進んでいる。巨大なアプトスのゲームエコシステムの中で、グローバルマーケットへの道を歩むことは、望ましい結果につながると考えている。

トークン保有者の保護は?

(左から、アプトス財団のジェローム・オン氏、アプトス・ラボCEOのモー・シャイフ氏、吉田世博氏、アプトス・ラボのアレクサンドル・タン氏、提供:Hashport)

──会社のM&Aについては、2社間の話であり、規制が存在するわけではないとのことだったが、トークンの交換については、当局とのやりとりはあったのか。

現状、トークンの交換について発行体に対する規制はないと認識しているが、金融庁やJVCEAには事前に説明を行い、それぞれから「利用者保護に十分に留意するように」とのコメントをもらっている。

──株式を使った企業のM&Aでは、株主の保護規定があるが今回のようなチェーンの統合では、先ほど、発言があったように発行体に対する規制は存在しない。そのなかでトークン保有者の保護は具体的にどのように行ったのか。

今回、パレットトークンからアプトスへの交換は、契約締結前の直近7日間の平均値に基づいて等価交換する形でレートを定めて発表した。双方にその後、価格変動があっても、このレートは変わらない。実際、発表後にパレットトークンの価格は下落し、アプトスの価格は上がっているが、交換レートは発表時のレートが維持されるので、価格変動からユーザーを守る効果が出ていると考えている。

パレットトークンからアプトスへの交換に関する項目は、今回の交渉で一番時間がかかった部分だ。アプトスは過去にトークン交換の事例はなく、特にその原資の確保について議論があり、当初は交換にかかる金額がかなり大きかったことから、アプトス内で交換に難色を示す意見もあったと聞いている。アプトス側には、選択肢の1つとして、ゲームや万博関連の利用をアプトス・ネットワークに移行したうえで、パレットチェーンはサイドチェーンの形で維持し、その用途は今後検討というような棚上げ案もあったという。その場合、アプトス側はパレットトークンを交換する原資を用意する必要はなくなる。

だが、棚上げ案では、パレットチェーン、パレットトークンの価値向上は難しくなり、流動性も減少していく。そのため、我々としてはトークンの交換を強く求めてきた。最終的にはアプトス側に交換についてご理解いただいて、現在の形になった。パレットトークンと比較して流動性が高いアプトスに対して、双方の今後の価格変動にかかわらず、固定レートでの交換が保証されていることは、一定程度、ユーザー保護につながると考えている。

──アプトスとの提携発表の前夜、一部の取引所から今回の契約に関する情報が発表されたがコミュニケーションの齟齬があったのか。

パレットトークンの取り扱いのある暗号資産交換業者にはすべて事前に説明を行い、適時開示事項として、10月3日9時に開示することも伝えていた。5社のうち、3社からは現時点での情報では「交換についての取り扱いを判断できるかどうかはわからないので、適時開示後にそのニュアンスで発表する」との連絡をいただき、1社からは「適時開示後に全面的に協力する旨を発表する」と連絡をいただいていた。

ただ1社だけが、開示時間を無視して当社への事前相談なく情報を出したため、残念に思っている。また、ユーザーに不安を感じさせてしまったことは非常に申し訳なく思っている。今後、こういったことが起きないようなコミュニケーションを強化したいと考えている。

日本市場、今後のIEOに与える影響

──今回、IEOで資金調達を行った企業が買収されるという初めてのケースになった。IPO(新規株式公開)での調達であれば、株主保護規定があるが、IEOの場合はそうした規定は現状存在しない。JBCAでIEO部会長を務めている立場として、国内市場への影響、今後のIEOへの影響をどのように考えているか。

IPOは法人、IEOはプロジェクトと主体が異なる取り組みと考えている。株式は運営会社の価値に対する評価であり、トークンはプロジェクトの価値に対する評価。今回の場合は、2つが1つの契約の中で絡み合っており、わかりづらい面があると思う。運営会社の株式の売却は、会社法上の手続きに則って行っていくべきことであり、チェーンの移行は、ホワイトペーパーに基づいて行われていくべきと考えている。

チェーンと運営組織の権利を完全に一体化するのであれば、株式会社によるトークン発行ではなく、DAO(分散型自律組織)や海外財団によるトークン発行でないとロジックが成立しなくなるが、現状の日本のIEOの制度では難しく、今後の課題と考えている。

影響については、今回は当事者であり、公的にコメントできる立場にない。個人的にはWeb3産業が発展していくためには、プロジェクトや企業が結びついていくことは不可欠と思っている。今、トークン発行体の株式上場の道がまだ開かれていないなかで、仮にトークン発行体のM&Aが否定されてしまうと、ビジネス拡大の道がふさがれてしまうのではないか。

日本市場で確固たる足場を築いていたとしても、グローバルな競争が重要になってくる領域においては、海外の有力企業は日本のWeb3企業を買収することによって、日本市場でのビジネスの垂直立ち上げを行うことができ、日本企業やそのエコシステム内の企業にとっては、グローバルマーケットへのアクセスチャネルを手にすることができる。

トークンは、価格に加えて、流動性が重要な要素だ。グローバルで競争力があるチェーンに統合していくことによって、流動性が向上する。同時に、今は日本市場に閉ざされているサービスがグローバルに接続されていくことも実現できると思っている。

──今回、トークン保有者は「蚊帳の外」という声もあり、株式に比べて、トークン保有者の保護が不十分と見る向きもある。トークン保有者の保護は今後、どのように考えていけばよいと思うか。

今回の契約については、株式譲渡とチェーン統合の予定を一緒に発表したので、混乱を招いている部分があると思っている。前述したように、株式譲渡は会社法に則って行っているが、トークンに関しては、会社法、厳密にはコーポレートガバナンスに関するガイドラインのようなものが存在していないので、ホワイトペーパーに記載されたガバナンスルールに則ってプロセスを進めている。

パレットチェーンについてはコンソーシアムで決定することとなっており、そのプロセスも適切に進めていると認識している。我々としては、ガバナンスルールについてIEOを行なった3年前からホワイトペーパー内で明示したうえで、それに基づいてプロセスを進めていると理解している。

|インタビュー・文:増田隆幸
|撮影:多田圭介
※編集部より:一部本文を修正して、更新しました。