「バリバリにアクセルを踏んでいく」松本氏が明かすSPAC上場の知られざるメリット──コインチェック 米ナスダック上場【インタビュー】

暗号資産(仮想通貨)取引所コインチェック(Coincheck)、正確には、その持株会社となるコインチェックグループ(CoincheckGroup)が11日、米ナスダックに上場した。日米を問わず、取引所としては米大手のコインベース(Coinbase)に次いで、2社目の上場となった。

上場の狙い・グローバル戦略については、上場予定が明らかになった11月にマネックスグループ 取締役会議長兼代表執行役会長の松本大氏に聞いた。今回は上場を踏まえて、これまで語られることのなかったSPACとのやり取り、SPAC上場に見出していたメリットなどを聞いた。

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ブーム去ったSPAC上場、プロセスを継続させた理由

──2020〜21年にSPAC上場ブームがあり、その後、上場数、資金調達額は大幅に減少した。その状況下で、マネックスがコインチェックの上場プロセスを継続することができた要因はなにか。

松本氏:SPAC(特別買収目的会社)はひとつの仕組みだが、当然それぞれのSPACを手がけている人たちがいる。コインチェック(Coincheck)はとても面白い会社で、世界にもアピールできる会社と考え、アメリカの資本市場、特にナスダックに上場したいと考えた。先日話したように「世界共通買収通貨」を手に入れることができるからだ。

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ただし、アメリカの資本市場でやっていくには、アメリカの法体系やSEC(米証券取引委員会)とのやりとりなどいろいろハードルがある。世界一の資本市場なので、要求も多い。それに耐えられる人材が今のコインチェックにいるかというと、そうではない。だからといって、アメリカの上場企業にふさわしいCEOやCFOを新たに雇用することも簡単ではない。

それなら、アメリカの資本市場や上場プロセスにきわめて詳しい人たちがやっているSPACと合併することによって、そうした人物も同時に仲間にすることができるのではないかと考えた。今回、合併によりコインチェックの持株会社となるコインチェックグループ(CoincheckGroup)には、SPACの人たちが残る。新たにコインチェックグループのCEO、CFOになる人物は、今回合併するSPACのメンバーだ。合併後にも重要な役職を担ってもらう。これは今までにはないパターンだろう。

通常、SPAC上場では、合併後はSPAC側の人間はいなくなる。アメリカの会社であれば、それでもアメリカの資本市場と向き合っていけるだろうが、コインチェックのような日本企業の場合はそうはいかない。なので今回は、そうした展開、体制に最適なSPACを選んだ。

──ということは、SPAC選びに相当な手間をかけた。

松本氏:主幹事のJPモルガンが当時600社くらいあったSPACをリサーチして、30社程度まで絞った。そこから私が10社程度まで絞り、実際に会って話をして、最終的に決めた。最初から従来のような合併すれば終わりというSPAC上場ではなく、将来、一緒に働くことになる可能性がある人間としていろいろ話をして決めた。

──交渉では最初から、合併後も残って、一緒にビジネスして欲しいと伝えていったのか。

松本氏:最初からそうは言っていないが、結局、その後の3年間、毎日話をしていった。週に5日は毎朝7時半にSPAC側と話をすることで私の朝が始まった。プロセスが長引いたことで、結果的にコミュニケーションや信頼関係が深まった面もある。最近、相手方の奥さんが「あなたに付き合っている人間が、私以外に地球上にもう1人いる」と言ったらしい。それくらい話をしてきた。

それでも非常に大変で、FTXの事件や規制面でもいろいろな向かい風があり、会計など、どう解決すべきかまだ整理されていない問題もあった。

──暗号資産/Web3企業の会計はアメリカでもまだ整理されていない?

松本氏:暗号資産交換業で、すでにナスダックに上場しているコインベース(Coinbase)とコインチェックとビジネスモデルは少し違う。コインベースは取引所が中心で、コインチェックは販売所が中心。販売所の会計はどうすべきかを整理する必要があった。

──今年1月にSECがSPACの規制強化を決めた。その影響もあったのか。

松本氏:3年間に2回ぐらい、SPAC関連のレギュレーションは厳しくなった。以前は、よく「SPAC上場は簡単」などと言われたが、今はSPAC上場はIPOより難しくなった。だが、IPOに切り替えるとしても、アメリカの資本市場に向き合える人物を新たに探し、信頼関係を築いて、そこから新たにスタートすることになる。ならば、もうここまで築き上げた関係でやり切った方が良いと判断した。

SPAC上場の知られざるメリット

 [米ナスダックで語る松本大氏]

──SPAC上場は「空箱上場」と呼ばれ、揶揄する向きもあったが、今はIPOと比べてどのようなメリットがあり、どんなふうに評価されるべきだと考えるか。

松本氏:基本的には、SPACもIPOも上場という意味では同じ。SECに提出する開示文書や内部統制文書はすべて同じ。社内の体制を整えたり、開示文書を作る能力やチームが求められることも同じ。ただし、優れた人材がいるSPACと、上場後も一緒にやっていくことに合意できるならば、優秀な人材を得ることができるのは大きなメリットだ。

──そのメリットはほとんど知られていない。

松本氏:今までに、こうしたことを行った会社はないと思う。我々も前例を見て行ったわけではないが、SPACに優れた人物がいたら、その後も一緒にやっていくのが良いのではないかと最初からそうイメージしていた。

──長く資本市場に携わり、SPACの動向を見てきたなかで、そういう発想に至ったのか。

松本氏:SPACはそれほど見ていたわけではないが、資本市場はずっと見ていたし、規制当局の動きも見てきた。投資銀行とのやり取りもずっと行ってきて、いろいろな人物を見てきたので、この人物であれば一緒にやっていけると判断できたと思う。

──SPAC上場に際して、暗号資産関連企業に特有の難しさ、ハードルはあったのか。

松本氏:先ほど言ったように、コインチェックのようなビジネスモデルについて、会計をどうすべきかというスタンダード、あるいはノーム(Norm:規範、基準)と良く言われるが、それが存在していなかった。会計のやり方をアメリカの監査法人やSECと決めていく必要があり、そこに非常に時間がかかった。

また、ビットコイン以外の暗号資産について、アメリカではコモディティ(商品)かセキュリティ(証券)かという論争がずっと続いていた。我々の場合は、日本で金融庁の監督のもと、日本の法律を遵守してビジネスを行っているので、その持ち株会社であるCCGはナスダックにスムーズに上場できるはずだったが、とはいえ、暗号資産にはいろいろな議論があったので、そこもしっかり説明して乗り越えていった。

長い時間がかかったが、ナスダックは世界一の市場で流動性が高く、注目度も高い。大変だったが、この先には価値あるものが存在していると考えている。

──コインチェックグループの上場はアメリカの規制当局、あるいは市場・投資家からどのように期待されていると感じるか。

松本氏:規制当局からは特にないが、投資家からの期待は実感している。アメリカでも暗号資産関連企業では、コインベース以来、3年半ぶりの上場となる。また日本での暗号資産関連企業の上場にも、もしかしたら良い影響を与えるかもしれない。

SPAC上場を考えるWeb3企業へのアドバイス

──今年、日本企業が何件かSPAC上場しているが、その後、苦戦が伝えられている。

松本氏:他社の状況は詳しいことはわからないが、相手は吟味しなければならない。SPAC上場は単なる「仕組み」ではなく、相手や投資銀行などの伴走者が誰かでまったく違ってくる。また今回、マネックスを創業した最初の数年と同じぐらい、私も現場でずっと携わってきた。金融業界が長く、アメリカの資本市場もそれなりに経験しているが、それでも大変だった。相手側のSPACも非常に経験のある人たちだったが、それでも大変だった。

──簡単でないが、今後、日本のWeb3企業でSPAC上場を考えるところがあれば、どのようなアドバイスを送るか。

松本氏:自分たちの体制が足りているかどうか、足りない部分をSPACを使って補うなら、相手をしっかり吟味すること。そして優秀な投資銀行に伴走してもらうことが重要だ。それならば、IPOの方が良いと思うかもしれないが、その場合は、アメリカの資本市場に対応できる人を探さないといけない。

SPAC上場というルートは我々が実際に歩んだわけだが、相応の覚悟を持って取り組む必要がある。もし誰かが相談に来たら、話せることはあると思う。もちろん「SPACは簡単」という話ではない。

──ナスダック上場後、しばらくはアメリカで打ち合わせなどが続くのか。

松本氏:再来週までニューヨークに滞在する。チームメンバーも同行し、投資家や今後、一緒にパートナーとして組んでいくWeb3企業や、潜在的に買収対象となるような企業と話をしていく。

──ビットコインが10万ドルを超え、また、アメリカの暗号資産業界はトランプ氏の当選で一気に前向きになっている。マネックスグループは2025年、大いにアクセルを踏んでいくイメージか。

松本氏:バリバリに踏んでいく。2025年ではなく、もう上場した12月11日からバリバリにアクセルを踏んで進んでいく。

|インタビュー・文:増田隆幸
|写真:マネックス提供