スマートフォン決済サービスにおける国内シェアの獲得で、消耗戦とも言うべきし烈な競争を続けてきたZホールディングス(HD)とLINEが11月18日、経営統合に合意した。数年前から見え隠れしてきた究極の選択肢だった。
グローバル市場で急拡大し続ける米中の巨大テクノロジー企業を前に、二人の経営者は国内最大級のAI(人工知能)テックカンパニーを作る決断をした。アジアから世界市場を狙うZHDとLINEが開いた18日の記者会見は、両社の野心的な目標の裏にある強い焦りを感じさせた。
「(米中の巨大テック企業の)最大の脅威は、ユーザーから強く支持されていること。私はYouTubeをよく見る。(アマゾンのサービス)Kindleで本もよく読む」とZHD・CEOの川邊健太郎氏が言えば、LINEの出澤剛CEOは、「インターネットサービスは集約しがちなビジネス。強い者がどんどん強くなっていく。これが一番のリスク。気づいた時には何もできなくなってしまっているというのが、このビジネス」と話した。
グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の4社は、アメリカ屈指のジャイアント・テック企業で、その頭文字を取って「GAFA」。一方、中国の3社は、バイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)で、「BAT」と呼ばれる。
米GAFA、中国BATの威力
GAFAとBATは、世界の上場企業の時価総額ランキングで10位以内に入る。アップルの時価総額は1兆ドル(約108兆円)を超え、国家予算規模にまで膨らんだ。中国のアリババグループは4500億ドルを上回り、トヨタ自動車の2倍以上の価値がついている。
時価総額、営業利益、研究開発費と、米中テック企業の規模を示す数値は、ZHDとLINEが統合しても比較にならないほど大きい。川邊氏と出澤氏は、記者会見のステージ上の大きなスクリーンに比較表を映し出し、米中テック企業と日本企業の大差を強調した。
会見の3日前、ニューヨーク証券取引所に上場するeコマースのアリババが、香港証取のメインボードに上場すると発表した。最大で1兆3,000億円を超える資金を調達する。アリババはこの巨額資金の一部を長期的なイノベーションと投資の継続に充当する方針だ。
アリババ会長兼CEOのダニエル・チャン氏は15日、「アジア全体のデジタルエコノミーにおけるアリババグループのユーザーと、ステークホルダーの多くがアリババに投資できるようになる」とコメントし、アリババが目指す目標についても述べた。
「グローバル化、国内消費、クラウドコンピューティングを活用したビッグデータの3つの戦略の柱を追求し続 けることで、今後5年以内(2023年度末まで)に我々のプラットフォームで、10億人以上の中国消費者を含む世界中の消費者にサービスを提供し、10兆元(約155 兆円)以上の消費を促進することを目指す」
モバイルペイメントは「まだまだダメだ」
川邊氏と出澤氏は、両者の経営統合には当局の審査を必要とするため、2社が抱える事業の統廃合や具体的な施策についてのコメントを控えたが、ZHDとLINEがこれからアジアやグローバル市場で事業を広げることの厳しさを強調した。
両社がそれぞれ国内で進める「PayPay」や「LINE Pay」などのモバイル決済(ペイメント)サービスについて、川邊氏は、「政府も国内のキャッシュレスを後押ししているが、まだまだ全然ダメなんじゃないかなと思っている。キャッシュが依然7割。クレジットカードが圧倒的に多く、次にスイカ(Suica)。QRコード決済は、3〜5%程度だろう」と述べ、こう加えた。
「(モバイル決済は)スーパーアプリ化していくパスポートになるところだから、まだまだ全然ダメだ」
アジアで広がる「スーパーアプリ」
最近よく耳にする「スーパーアプリ」は、普段の生活の多くの場面で利用できる統合的なモバイル・アプリで、その代表的なものがアリババが展開する「アリペイ(Alipay)」やテンセントの「ウィーチャットペイ(WeChat Pay)」だ。
メッセージング、タクシーの配車、eコマース、決済、ホテル予約……。多くの機能が集約されており、ユーザーはスマホ上で複数のアプリを行ったり来たりする必要がない。シンガポールと東南アジア諸国でユーザーを増やしているグラブ(Grab)もスーパーアプリの一つにあげられる。
「Life on LINE」の戦略を掲げるLINEも同様に、同社のサービスをスーパーアプリ化させ、アジアを中心にそのユーザー基盤を拡大させる戦略を進めている。
18日の会見でも、川邊氏と出澤氏の口からはこの「スーパーアプリ」という言葉が何度か出てきた。
ヤフー・トップはLINEのヘビーユーザー
ヤフーの社長に就任した2018年以前から、川邊氏は出澤氏と1年に少なくとも1度は会い、ヤフーとLINEで共同で事業を進めたい意向を伝えてきた。今年の春、両者は新年会の席で考えが一致。その後、両社の親会社であるソフトバンクと韓国ネイバーの経営幹部を交えて、経営統合の協議が進められたという。
「会うたびにオファーを出し続けてきた」と川邊氏は言う。「LINEのサービスは好きで、ヘビーユーザーだ。前から一緒にやりたいと思っていた……。まずは国内事業を固めるために、LINEと一緒になる。そして、アジアから(米中に次ぐ)もう一極を作ることは、なすべきことだと考えている」
計画では、ZHDとLINEの経営統合に伴う申請や審査、手続きが2020年9月までに終われば、来年10月には統合が完了する。それまで両社は、ライバルであり続けながら統合の準備を進めていく。統合しても、シナジーを活かして「 事業が自走していくには時間がかかる」(川邊氏)。その間も、GAFAとBATはスピードを緩めることなく、グローバルで事業を進めるだろう。
孫正義氏は川邊氏に、「両社(ZHDとLINE)でしかできない大きなことをやらない限り、やる意味はない」と助言したという。ヤフー・LINEは果たしてアジアのユーザーを魅了するスーパーアプリを開発できるのだろうか。前途多難であることは間違いない。
文:佐藤茂
写真:小西雄志