『マスタリング・ビットコイン』の著者アンドレアス・アントノプロス(Andereas Antonopoulos)氏はビットコイン至上主義者ではない。
2019年10月、サンフランシスコで開かれたブロックスタック・サミット(Blockstack Summit)でアントノプロス氏は、2020年に向けて最も注目のテーマの1つとなっていることを語った──IBC(inter-blockchain communication)だ。
「今でも人々が『勝者がすべてを手にする』という考え方を持っていることに驚かされる。1つのコインが他のコインを支配する。1つのチェーンがすべてを上回る。倒しに行くぞ。フリップニングだ」とアントノプロス氏は語った。
「フリップニング」は、イーサリアムの190億ドル(約2兆円)の時価総額がいつか、ビットコインの1700億ドル(約19兆円)を上回るという考え方。「データはこの仮説を裏付けていない」と同氏は語った。
だが、仮想通貨界の大物が喜んで受け入れるような考え方ではない。だからこそアントノプロス氏は講演の冒頭に次のように述べた。「異説を申し上げます」と。
手短に言うと同氏は、将来、多くのブロックチェーンが存在し、その多くは非常に有用なものになると主張している。
そして、そう信じているのは同氏だけではない。
マルチチェーンの未来
「きわめて特化したアイデアを念頭にブロックチェーンは構築され続けるだろう」とバイソン・トレイルズ(Bison Trails)のCEOジョー・ラルーズ(Joe Lallouz)氏はCoinDeskに語った。ビットコインが価値の保存手段において、イーサリアムがスマートコントラクトにおいて一人勝ちしていることを考えてみて欲しいとラルーズ氏は述べた。
「大規模な普及は相互に接続されたブロックチェーンの未来にある可能性が高い」
つまり、今、開発者がハスケル(Haskell)やパイソン(Python)のようなプログラミング言語を選択することと同じように、開発者が分散型ネットワークを選択するようになることを期待している。
「一企業として我々は、このアイデアを強く支持しており、コスモス(Cosmos)やポルカドット(Polkadot)のようなプロトコルを支持している。こうしたプロトコルは我々のエコシステムにおける将来の相互接続型ブロックチェーンに直接役立つよう開発されている」とラルーズ氏は述べた。
さまざまな進展
業界には他の進展もあった。例えば、イーサリアム規格で構築されたルーム(Loom)はトロン(Tron)やバイナンス(Binance)との相互運用性を確立し、スムマ(Summa)は相互運用性のソリューションを提供している。このカテゴリーのソリューションには非常に多くの投資が行われ、IBCの未来はおそらく、業界全体の合意と言えるだろう。
実際、もしアントノプロス氏が逆の見解を持っているとすれば、次のようなものだろう。すなわち、最適な相互運用性ソリューションはすでに存在しており、それはビットコインで最も人気のレイヤー2テクノロジー、ライトニングネットワークだ。
どのソリューションを企業が支持するかが明確になるまでには数年かかるだろうが、大まかに言えば、IBCは仮想通貨における大きなトレンドのようなものだ。つまり、全員が同じように考えているわけではない。
「個人的には、好調な経済は皆に利益をもたらし、多くのプロジェクトはそれぞれの取り組みから利益を得ることができると思う」とビットコイン協会(Bitcoin Association)とサトシ・ラウンドテーブル(Satoshi Roundtable)の創業者ブルース・フェントン(Bruce Fenton)氏はCoinDeskに語った。フェントン氏は現在、新しい仮想通貨レイヴンコイン(ravencoin:RVN)に注力している。
仮想通貨投資企業KR1の共同創業者ケルド・ヴァン・シュレーヴェン(Keld van Shreven)氏は、IBCは部分の総和よりも大きな結果をもたらすと主張した。
「IBCが無ければ、我々の可能性は限られてしまう」と同氏は述べた。
ヴァン・シュレーヴェン氏はIBCへの移行をブロックチェーン技術にとってのある種の啓蒙の時と見ており、仮想通貨エコシステムを悩ませている「部族主義を緩和する」可能性があるとまで示唆している。
しかし、相互運用性を提唱することと、実際に構築することは別。新たなレベルの複雑さがもたらされることにもなる。
1つのアイデア、多くの問題
「イーサリアムの世界は、あるプロトコルが別のプロトコルを利用して、より高いレベルの、そしてエンドユーザーにとって、より便利なものを目指して作り上げていくことができる、スマートコントラクトのコンポーザビリティ(構築可能性)からきわめて大きな恩恵を得てきた」と分散型動画トランスコーディングサービス、ライブピア(Livepeer)のダグ・ペトカニックス(Doug Petkanics)氏はCoinDeskに語った。
「しかし現在まで、コンポーザビリティはイーサリアムに限られている」
コンポーザビリティは、ソフトウエアを開発者が予想しなかったような形で、レゴブロックのように組み合わせることができるというアイデアだ。
良いアイデアだが、実践すると複雑なものになる。
アリアクサンドル・フジリン(Aliaksandr Hudzilin)氏は、スケーラビリティの高いブロックチェーンを構築するためにシャーディング(トランザクションの検証を並列して行う技術)を使っているニア・プロトコル(Near Protocol)を支えるチームの一員。同氏はチームの開発者の1人は2019年に大阪で開かれたデブコンでイーサリアム財団、コスモス、ポルカドットとともにIBCについての議論に参加したと語った。
同氏が議論から得たことは「彼らのうちの誰もこのテーマについて議論したことはない」ということだった。「対話の始まりのようなもの」と同氏は語った。
デブコンに参加した開発者の目から見ると、ブロックチェーンを使ったトークンやデータのシェアは、実行するよりも議論することははるかに簡単だ。
プログラムの書き換えを誰が負担する?
そして、チームがなぜ接続や組み合わせの手間を負わなければならないのかという問題がある。
「相互運用性の標準に対応するために、プログラムの内部構造を書き換えるよう説得するという普及上の課題がある」とヌメライ(Numerai)のエンジニアリグチームのメンバー、ステファン・ゴセリン(Stephane Gosselin)氏はCoinDeskに語った。
「私の経験では、内部構造の書き換えは苦しい戦いになる」
ゴセリン氏は、チームがその作業を行うことを正当化できる投資対効果の根拠はまだ存在しないと述べた。
エレクトリック・キャピタル(Electric Capital)のアビチャル・ガーグ(Avichal Garg)氏も同じような意見だった。IBCの普及までには、長い時間が必要と同氏は語った。
「複数のチェーンで実際に活発な動きが起きていれば、相互運用性は意味を持つ。今、かなりの動きがあるのは(ビットコインとイーサリアムの)2つだけで、動きの萌芽が見られるものが複数あるだけ」
相互運用性に意味はあるか?
そしてもちろん、そもそも相互運用性に大きな意味を見出さない人は存在する。
ブロックチェーン・キャピタル(Blockchain Capital)のゼネラルパートナー、スペンサー・ボガート(Spencer Bogart)氏はアントノプロス氏と1点で意見が異なる。最終的にきわめてわずかなチェーンのみが重要と考えている点だ。
実際、イーサリアムとビットコインだけかもしれないとボガート氏は述べた。
「ブロックチェーン内コミュニケーションの分野はこの先、ブロックチェーン間コミュニケーションよりもはるかに重要かつ突出した話題になると考えている。これはつまり、勝ち組プロトコルの『上で』互換性と機能性を解決するということ」
ネルボス・ネットワーク(Nervos Network)のベン・ウォーターズ(Ben Waters)氏は、すべてはよりシンプルかもしれないと考えている。あらゆるブロックチェーンは生き残るために、たった1つのブロックチェーンとやり取りするだけで済むかもしれない。つまりビットコインだ。
「パブリック・ブロックチェーン・ネットワーク(PBN:public blockchain network)はきわめて似た機能を持ち、同じアプリ、プログラミングモデル、経済モデルを持つ傾向があり、その間の相互運用性はほぼ意味がない」とウォーターズ氏はメールで述べた。
「加えて、もしもPBNトークンがおおむね相互に交換可能なら、誰もが最も堅固で安全なトークンを保有したいと考えるだろう」
ビットコインがすべてを支配する?
しかしビットコイン・マキシマリストの中には、議論をさらに一歩先に進める者もいる。
「複数のブロックチェーンは無駄」とビットコインが生み出した技術に懐疑的なことで知られるウディ・ワートハイマー(Udi Wertheimer)氏はCoinDeskに語った。
「ブロックチェーン間の相互運用性は、汚染ガス間の相互運用性のようなもの」
しかし、ある意味では、1つのブロックチェーンが支配するというアイデアはアントノプロス氏が10月に披露した見解と同じだ。
「多くのチェーンが存在しても、最終的には1つのネットワークのもとにまとまることになる強い可能性に本当に魅了されている」とアントノプロス氏は述べた。
「1つのネットワーク、多くのチェーン」
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Gary Sexton/Blockstack Summit 2019
原文:‘One Network, Many Chains’ – The Case for Blockchain Interoperability