ステファニー・ハーダー(Stephanie Hurder)氏は、新興技術の導入に特化したコンサルティング企業、プリズム・グループ(Prysm Group)の共同創業者兼エコノミストで、世界経済フォーラム(WEF)の学術貢献者。ハーバード大学でビジネス経済学の博士号を取得した。
エンタープライズブロックチェーンは低迷している。わずか3年前、調査会社ガートナー(Gartner)は、ブロックチェーンは2030年までに3兆1000億ドル(約340億円)の新しいビジネス価値を生み出すと予測した。
しかし、パイロットプロジェクトが相次いで鳴り物入りで発表されたが、その後、注目を集めることはなかった。業界リーダーたちは、この技術が時代遅れなのかどうかを公然と議論している。
「幻滅期」──人々が技術の限界に必然的に気づいた後に訪れる熱狂後の時期を表すガートナーの用語──がやってきた。
エンタープライズブロックチェーンは終わったのか? 必ずしもそうではない。
ブロックチェーンは、膨れ上がった期待から信頼できる商業的な実現可能性への移行に苦戦した初めての新興技術ではない。
しかし、当初の目的を果たすチャンスがあるとすれば、プロダクトの設計とローンチの際にチームが取るアプローチを変える必要がある。
これまで、どこで間違ったのか?
第1に、なによりも企業は経済的デザインよりも技術的デザインを優先してきた。
技術チームの採用とプログラム開発を優先し、製品がもたらす価値、ユーザーが採用するインセンティブについての重要な議論を後回しにしている。
チームがインセンティブのデザインに取り組む頃には、チームは既存のコードと互換性を持った経済的デザインの狭い選択肢に自らを押し込めてしまう。あるいはプラットフォームの大部分を削除、もしくは書き換えなければならない事態に直面する。
ブロックチェーンプラットフォームは、経済的システムだ。
ブロックチェーンベースのコンソーシアムは、企業が価値あるデータを共有、購入、販売し、蓄積されたデータを使って新しいモノやサービスを作り出し、それらを収益化することを可能にする。
経済的デザインは、技術的デザインと同様に重要であり、開発プロセスにも反映されなければならない。
誤ったユースケース
第2に、チームは最初に誤ったユースケースと設立メンバーを選択しており、典型的には次のような質問に基づいている。
●このネットワークで獲得できる最大の顧客は?
●ネットワークが成熟した際、最も採算性の高いユースケースは?
企業は投資から利益を得ることを望んでおり、これらの質問はその欲求を反映している。しかし、これらは、ブロックチェーンネットワークの経済と、長期的収益を生み出す方法についての根本的な誤解を表している。
ソーシャルネットワークのように、ブロックチェーンコンソーシアムはその価値の大半をネットワーク効果から得ている。つまり、各参加者にとってのネットワークの価値は、参加者が増えるほど増加する。
多くのチームは、1990年代後半にグーグルのチーフ・エコノミスト、ハル・バリアン(Hal Varian)氏とカリフォルニア大学バークレー校のカール・シャピロ(Carl Shapiro)教授が広めたこのコンセプトをよく知っている。
しかし、異なるユースケースには異なるタイプのネットワーク効果があり、こうしたネットワーク効果のダイナミクスが各ユースケースの発展の道筋に影響を与えることを理解しているプロジェクトはほとんどない。
ネットワークをローンチする際は、大きければ大きいほど良いということでは必ずしもない。例えば、ウォルマート(Walmart)が創立メンバーとなることは、ネットワークの成功を確実にするわけではない。
むしろ、初期の潜在的ユースケースのネットワーク効果を理解し、それを初期のユーザー基盤に合わせることが重要だ。
企業やプロジェクトはどのようにアプローチすべきか?
まず、いかなるコンソーシアムプロジェクトも、新しく、あまりユーザーのいないネットワークに価値をもたらすことのできる初期ユースケースを選ばなければならない。
他のすべての要素が同じなら、(参加者2者による)双方向のやりとりを必要とするユースケースは、(複数の参加者の)多面的なやりとりを必要とするユースケースよりもスタートは簡単だ。
例えば、医者と患者間のデータ共有を促進するユースケースは、医者、患者、保険会社がすべて参加する必要のある製品よりも価値を早く伝えることができる。
次に、お互いのやりとりからすぐに価値を生み出すことができる設立メンバーを選ぶ。
例えば、フェイスブックのようなソーシャルネットワークは、ローカルなネットワーク効果を発揮する。ユーザーは、他のユーザーが既存の基礎となるソーシャルネットワーク、あるいはビジネスネットワークにいる人とつながった際に利益を得る。
一度ネットワークがローンチされると、ユースケースとネットワークメンバーシップは、手を取り合って成長していかなければならない。
それぞれにとっての最適な成長の道は、各ユースケースのネットワーク効果、ネットワークが達成した市場への浸透レベル、そして異なるユースケース間でのリソース貢献と参加者の重複など、多くの要素に左右される。
医療に特化したネットワーク──医者と患者向けの製品とともにローンチされ、その後すぐにそれぞれと保険会社をつなぐ製品が続く──は、自身に大きな困難を突きつける。
後者の製品は最初の製品とはユーザー基盤が異なっており、実質的にはゼロから「再スタート」しなければならない。
そうではなく、もしネットワークが医者と患者に役立つ複数の製品、あるいは医者と患者を保険会社につなぐ製品を展開すれば、既存のユーザー基盤とデータ貢献を基にして、最初の土台づくりを最大限行うことができる。
収益はあとからついてくる
最初のユースケースが稼働すると、プロジェクトは収益の最大化にすぐに移行したい誘惑に駆られる。投資を回収し、早期の収益化を達成することで、スポンサーに新たな取り組みが成功していることを示したくなる。
難しいことだが、チームは短期的には普及の促進に焦点を当て、収益に重点を置くことは喜んで後回しにする必要がある。
ネットワーク効果を持つ製品は、成長するにつれて、より多くの価値をもたらし、市場に広く浸透した際には、ユーザーはネットワークを使うために進んで多くの費用を支払うことになる。金銭的な報酬の大部分は、この段階で訪れる。
十分検討された収益化計画は、この点を考慮する必要がある。初期ユーザーに、あまりにも多く、あまりにも早く費用を請求したり、あまりにも高額の初期費用を課すことはネットワークの成長を遅らせ、ネットワークの市場浸透を阻害する。
初期ユーザーに割引価格を提供したり、高額の採用コストに助成金を出すことは、長期的には効果があり、ネットワークが、いまだに定義が難しい至高の目標である収益化を達成することを可能にする。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Shutterstock
原文:Why Enterprise Blockchains Fail: No Economic Incentives