フィンテックスタートアップが生き残る条件とは──Finatext HD 林CEOインタビュー

フィンテックという言葉は、それが何の略か改めて説明する必要が感じられないほど浸透してきた。直近、株価下落はあったが、ここ数年スタートアップは恵まれた資金調達環境の恩恵を受けてきたといえる。ただ足元、投資環境やイグジットに向けたストーリーの変化を指摘する声もある。こうした中で、フィンテックスタートアップはどうすれば勝ち残っていけるのだろうか。

ドイツ銀行を経てFinatextを起業した代表の林良太氏は、スタートアップを取り巻く環境の変化や今後の見通しについて発信もしている。 “Reinvent Finance as a Service”を掲げ、コミュニティ型株取引アプリのSTREAMをはじめとしたtoCサービスの自社展開、そしてセゾン/UCカードと組み、証券執行システムの提供とつみたて投資サービス開発などtoBの領域も伸ばしているFinatextグループ率いる林氏に、これから生き残ることができるフィンテックスタートアップの条件について聞いた(取材は3月3日に行われました)。

(はやし・りょうた)Finatextホールディングス 代表取締役CEO/2008年東京大学経済学部卒業、英ブリストル大学のComputer Scienceを経て、日本人初の現地新卒でDeutsche Bank Londonに新卒入社。Electronic Trading System部門配属後、Global Equity部門にてロンドン、ヨーロッパ大陸全域にて機関投資家営業に従事。2013年よりヘッジファンドを経て、13年12月に金融をサービスとして再発明することをビジョンに株式会社Finatextを創業。金融サービス基盤プラットフォーム事業と、データプラットフォーム事業の2軸を戦略として展開し、ホールディングス傘下にはオルタナティブデータを中心に事業を行うNowcastと、証券プラットフォーム (BaaS)を提供するスマートプラスなどを擁し、イギリス、台湾、ベトナム等世界4か国で事業を展開。

フィンテックスタートアップ投資の選択と集中が始まっている

──ここ数年、スタートアップへの投資が活況でしたが、現状をどう見てらっしゃいますか?

景気の悪化、新型コロナウイルスの影響などはあるものの、VC(ベンチャーキャピタル)含めて投資する側のポケットは引き続き大きく、資本はだぶついている状態です。ゼロ金利の中で利回りを求めるため、老舗のWellington、Baillie Gifford、 T.Row Price、そしてPrivate Equityの大手などの投資家たちも、以前なら上場株にしか投資しなかったのに、今は大きなベンチャーに投資している。

リターンのある利回りを実現できる魅力的な投資先は国内外問わず限られています。そのため、その資金はリターンが見込めるベンチャー企業に行っている状態なわけです。日本では特にスタートアップが少ないので、さらに投資先は限られてきます。VCなど投資する側の資金は潤沢にあるので、少し前までは、企業に“魅力あるストーリー“があったら投資先に選ばれていた。でもWe Work の一件以降、フィンテック企業含めて収益性が見られて投資家の選定条件は益々厳しくなっています。

フィンテックスタートアップについて言うと、フェーズ1から3まである。まずフェーズ1は、誤解を恐れず言うと既存の金融サービスをアプリにするような段階で、それでフィンテックと呼ばれていた。フェーズ2になると新興の金融機関が台頭してくる。FOLIO、お金のデザイン、One Tap Buyなどが代表例でしょうか。そしてフェーズ3は既存の金融機関や事業会社なども巻き込んでのDX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈。まさに業界での競争が始まってくるのではないかと考えています。

──フィンテックベンチャーが生き残るためにはどうすればいいのでしょうか。

フィンテックベンチャーの課題は、顧客獲得コストが高いのにトランザクション(取引)の規模は小さくなっていることです。収益化ができず苦しくなってしまう。サービスを提供する側が生き残れる条件は、特定の領域に絞ったサービスを作れることです。そうすることで獲得コストやトランザクションの課題が解決されます。さらに、既存の金融機関にはできない部分に絞らなければいけない。

林良太CEO(撮影:森口新太郎)

僕は、勝てるパターンは2つくらいなんじゃないかと思っています。1つはウェルスナビやカンムのように、特定の領域でファンを獲得する金融サービスを自社で提供するやり方。2つ目は、我々のように大手金融機関と組みながらテクノロジープロバイダーとしてやっていく方法です。

後者の場合は、ベンチャー企業から大手企業へAIなどのテクノロジーの提供や、大手企業からベンチャー企業にデータを提供しビッグデータ解析を行うなどの表層のソリューションだけではなく、実際に大手企業とベンチャー企業で執行機能を共同開発したりバックオフィスを連携させたりと、深く密なソリューションが提供できるかがキーになると思います。

──なぜでしょうか?

表層の提携だけでは、サービスの受け手側(編注:大企業の意)がいつでもスイッチできるからです。ベンチャー企業は、根本的な差別化要因を作れないと景気が悪くなると簡単に提携などがストップされてしまいます。そうならないために、僕たちFinatextグループは、フロント、ミドル、バックすべての層で付加価値を提供できなければならないし、サービスも「あったらいいけど、なくても困らない」ではなく「なくてはならないもの」を作らないといけない。

日本のフィンテックでフロントからバックまでインフラを提供しているベンチャーは僕が知っている限りFinatextグループしかいません。グローバルには様々なレイヤーでプレイヤーがいくつか存在します。a16zの「Every company will be a fintech company」を参考にしていただければ背景も分かるかと思います。

会員基盤を持っている事業会社もしくは金融機関が、ユーザーとより深い接点を持つためにフィンテックサービスを立ち上げようとしても、ゼロから証券会社や保険をつくるにはコストがかかりすぎる。そこで僕らは、彼らに証券や保険のクラウド基盤を提供してAWSのようなスキームで提供し、かつFront-to-Endの一貫した提案を行うことで、彼らの会員基盤に最適な金融サービスを、高いクオリティで、早く安価に、かつ拡張性を持った形で提供しています。

大手通信キャリアとMVNOをつなぐような存在になる

──クレディセゾンや大和証券と組んでらっしゃいますが、御社の基本戦略は大手の金融機関と組んでやっていくことですか。

はい。国内の金融機関では、サービスの見た目を少し変更するだけでも非常に高い追加コストがかかる。一方で僕らは、新機能や機能改善を2週間に1回程度のペースでリリースしてPDCAを回します。どのような形が最適かトライアンドエラーを多くしたほうが、結果的にユーザーニーズに応えるサービスの実現が早まると考えています。

我々の立ち位置は、MVNOをイメージすると分かりやすいと思います。キャリアとMVNO事業者をつなげるインターフェースのような位置付けです。たとえば大手キャリアが作れるプランは、ある程度マスを意識したものでなければならず、すべてのニーズにこたえることは難しい。

その点でMVNOは、よりニッチなお客様にカスタマイズした料金プランなどを提供できます。このように、僕らも生活者のかゆいところに手が届くようなサービス提供ができるよう、他の事業者が大企業のリソースを活用できる仕組みを作っていく立場になっていきたいです。

──そうした取組はどこのフィンテックスタートアップもやっていると思います。どこにその勝ち負けの差が生じるのでしょうか?

大企業と組めるかどうかはスタートアップとしての総合力ですね。まずはコアメンバーの経験です。MVNOの例を出しましたが、たとえば僕がMVNOのモバイルサービス企画を大手キャリアに持って行っても、今までモバイルサービスの経験がないので難しいのではないかと思います。でも大手証券会社へ提案に行き、私やコアメンバーの経験、今までの実績などを評価いただいてスマートプラスという証券会社ができました。大手保険会社や銀行も同様です。

もう一つはトラックレコード。技術力やノウハウがある、ユーザー数があるサービスを作った、売上・業績を上げた、認知度が高いとか。そういったところの組み合わせで組めるかどうかが変わってきます。

──たしかに多くのフィンテックスタートアップがメガバンクなどと組んでいます。

一方で、組むといいながら外注先やPoCベンダーにしかなっていない例もたくさんあると思います。僕らも最初の提携はそのような感じでしたが、少しずつ実績を積み上げていくことで、もう少し踏み込んだ連携を実現できるようになってきました。金融機関が「あったらいいな」と思うものを作るだけではスケールはしないと思います。僕らも試行錯誤しながら「なくてはならないもの」を作りあげる努力をして今の形があります。

フィナテキストの組織づくり スタートアップの成長のジレンマ

林良太CEO,Finatext,撮影:森口新太郎
林CEO(撮影:森口新太郎)

──大きな企業にできないことを提供するのがスタートアップだとして、スタートアップも成長して大きな組織になり、イノベーションが起こせなくなるというジレンマがあるように思います。

それはありますね。ベンチャー企業も会社や事業が大きくなり、さらにスピードが速くなるなんてことはないと思います。でも、なるべくスピードを落とさないような工夫はできます。それが経営努力なんじゃないかと思います。

たとえば僕らは、階層をほとんど作らず意思決定もプロジェクトに関わるメンバーでほとんどできるように組織を作っています。そういう意味では良くも悪くもカオスな状態を意図的につくっています。それをどうやってまとめていくかというのは僕のチャレンジですね。

Finatextグループの採用応募はありがたいことに月200件くるときもありますし、日本における離職率も非常に低いです。特にエンジニアの離職率は低いですね。メンバーにとって大事なのは (1)やりたい仕事ができるか? (2)気の置けない仲間とできるのか? (3)ちゃんとフェアな報酬が支払われるか?──の3つだと思っており、それが継続してできるような環境づくりを心がけています。

──そういう組織づくりはどこで学ばれたのでしょうか。

僕が在籍したドイツ銀行は、それはそれは階層がすごくて(笑)、ある意味それと真逆の会社を作りたいと思ったんです。「リーダー=偉い」ということはなく、あくまで役割にすぎないのだなと。僕自身、「自分は大したことのない人間」というのが分かっているおかげで、トップが暴走しない組織づくり、フラットな組織づくりができるように徹底してきたのかもしれません。

──御社以外に注目しているフィンテックスタートアップはありますか?

国内でさらに成功していくフィンテック企業はいると思います。ただし、ビジネスモデルとして疑問符がつくようなところは淘汰されていくのではと思います。顧客獲得コストが大きすぎるところとか、調達に依存するような会社は相当なリスクがあるでしょうね。Finatextグループはそういうリスクはないですが、一方でプロジェクトの規模が大きかったり取引先がかなりの大手だったりすることがあるので、そういう意味で景気変動はめちゃくちゃリスクですね。そんなのみんなそうでしょうが(笑)。

目指すは中国のあの企業 ただデジタル化・ウェブ化するだけのDXは失敗する

──これから御社はどこを目指すのでしょうか。

目指している方向で一番前にいるのは中国の平安保険です。保険からはじまって銀行、投資、ネット金融そして非金融領域にまで進出したアジアNo.1のフィンテック企業といっても過言ではないと思います。もう少し手前で(とは言っても我々より先にいっていますが)、OneConnect Financialと衆安保険です。

──中国を見てらっしゃるんですね

アジア、特に東南アジアにおいてはコングロマリットや財閥が強い国が多いんです。そういう大手とうまくやっていくことが不可欠なので参考になるんですよね。Grab Financialのような例は、まれだと思います。例えばOneConnect Financialはうまく東南アジアの金融機関をパートナーにしています。

──御社が平安になるにはどうすればいいと考えていますか?

3つあります。まず証券と保険で実績を作ること。そして決済・レンディングのソリューションを作ること。そして顧客の問題解決力をもっと磨くことです。

──3つ目はコンサルティング業務でしょうか。

それに近いですね。特にフィンテックでは戦略をしっかり固めて取り組む必要があります。ただ単にアプリを作るだけがデジタル戦略ではありません。上流からしっかり設計しないと、戦略の一貫性もなくなります。

(撮影:森口新太郎)

そして顧客基盤にあった形で進める必要があります。僕らのtoB事業は非金融系企業が証券や保険サービスに参入することができる機能を提供しています。参入する事業者は同じ業界でも顧客属性は異なるケースが多く、その顧客基盤に適したサービスを構築する必要があります。そうした違いを踏まえて顧客基盤にいるユーザーにフィットする尖ったサービス作らないと、せっかくデジタル化してもユーザーに使ってもらえなくなります。

我々はクラウドベースで証券のAPIや保険のAPIを提供していますが、日本では「APIがあるのでどうぞ使ってください」では不十分で、上流設計から開発、それこそ保守・メンテ、マーケまで全部一緒に提案することが大切です。顧客とともに事業をつくっていくパートナーになっていきたいと思っています。

取材・文:濱田 優
写真:森口新太郎