「いま私が米国株を買う理由は極めて簡潔で、市場が欲深くなった時には慎重になり、市場に恐怖心が広がった時には欲深く行くべきだからだ」
A simple rule dictates my buying: Be fearful when others are greedy, and be greedy when others are fearful.
これはニューヨーク・タイムズに掲載されたオピニオンの一節だ。記事のタイトルは「Buy American. I Am」(アメリカを買おう。私は買っている)とある。
筆者はウォーレン・バフェット氏。世界最大の持株会社であるバークシャー・ハサウェイの会長で、株式投資家なら誰もが知っている“投資の神様”だ。
氏がニューヨーク・タイムズに寄せたこのオピニオン記事が掲載されたのは、2008年10月16日。リーマン・ブラザーズが破たんした9月15日からわずか1ヵ月後、市場がリーマンショックで大混乱に陥っている最中のことだった。
冒頭で紹介した記事の一節は、次のような書き出しに続いている。
「米国と外国の両方で、金融市場が混乱に陥った。さらに問題は一般経済にまで波及し、吹き出るような勢いだ。目先のところ、失業者が増え、経済活動は低下し、新聞の見出しは恐怖心をあおっている。
そして私は、米国株を買っている。これは自分個人の資金での投資で、これまでは米国債しか持っていなかった(なお私が保有しているバークシャー・ハサウェイ株は慈善団体に寄付してあり、この記述には含まない)。相場が現在のような安値圏が続くようなら、私は個人資産のうちバークシャー株以外の100%を米国株にするつもりだ」
バフェット氏の投資スタンス
1930年ネブラスカ州オマハに生まれ、今なお当地に暮らすバフェット氏は“オマハの賢人”とも呼ばれる。
1965年、当時は繊維会社だったバークシャー・ハサウェイを買収。再建に取り組むが85年に繊維業からは撤退。投資業にシフトし、その後、同社を世界最大の投資持株会社にしている。
バフェット氏は下落局面での株買いで知られ、暴落する前に株を売り、暴落すると株を買う、いわば“逆張り投資家”だ。リーマンショックの後もしっかりそのスタンス通りに株を買い増している。
そのバフェット氏の投資銘柄として広く知られるのが、氏も愛飲しているコカ・コーラ。彼がコカ・コーラ株への投資を始めたのは88年。1987年10月にNYダウ平均が22.6%の暴落を見せたブラックマンデーの後だった。
もちろん価格が低ければ何でもいいというわけではない。バフェット氏が好むのは、そのジャンルで絶対的なブランドを確立している消費者独占企業だ。実際、バークシャー・ハサウェイが保有する銘柄は、アップル、バンク・オブ・アメリカ、コカ・コーラ、アメリカン・エキスプレス、ウェルズ・ファーゴなどの誰もが知る大企業が少なくない。
コロナショック、仮想通貨も価格下落。バフェット氏の取った行動は?
リーマンショックから11年と少し。2020年3月、世界の株式市場は新型コロナウイルスの感染拡大で懸念が広がり、大きな混乱を迎えた。
ダウ工業株30種平均は3月2日から9日までの間に10.66%下落。特に9日の下げ幅は2000ドルを超え、サーキットブレーカー(相場急変時の一時的な取引停止措置)が発動された。日経平均もこの間に7.47%下がり、ドル円も5.51%の円高となった。
さらにトランプ米大統領が明らかにした新型コロナウイルス対策への失望感もあってか、ダウ工業株平均は12日にも急落。前日終値である2万3553ドルからの下げ幅は一時、2100ドルを超え、9日に続いてサーキットブレーカーが発動される事態となった。
株や為替だけではなく、原油価格の下落も著しい。国際指標である米国産WTI原油の先物価格は、世界の需要の鈍化、特に中国の経済活動の停滞懸念などから、2月下旬には、1バレル50ドル前後の水準まで下がっていたが、さらにサウジアラビアが原油生産量を引き上げると報じられたことを受け、下落に拍車がかかった。3月9日の終値30.24ドルで、6日の終値である41.28ドルから一気に25%以上暴落。一時30ドルをも割り込んでいる。
ビットコインをはじめとした仮想通貨・暗号資産にも影響が出ている。3月9日、ビットコインは前日から12万円以上下落し、一時80万円を割り込んだ。80万円割れは2カ月ぶりだ。ビットコイン以外の暗号資産も軒並み10%以上下落している。さらに3月12日夕には、ビットコインは20%以上急落し、一時62万円台を付けた。ドル建てでは一時2,000ドル超下落、5,000ドル台を付けている。
過去の金融危機の中でも米国株を買い続けたバフェット氏はこの局面の中、どう動いたのだろうか。
バフェット氏は2月24日、CNBCのインタビューに対し、新型コロナウイルスの感染拡大に懸念を示しながらも、株式を売る時ではないとの見方を示している。
この氏の発言が言葉だけではないことはその後の報道でも証明されている。ブルームバーグの報道によると、バークシャー・ハサウェイは米デルタ航空株を買い増している。3月2日の届け出によると、バークシャーは97万6000株余りを約4530万ドル(約49億円)で取得した。同社の株はその頃、株式相場の急落もあって約20%下落していた。
さらに氏は3月11日、米ヤフー・ファイナンスのインタビューで、新型コロナウイルスと原油を巡る動きを「大きなワンツーパンチ」になったと分析しているが、2008年のリーマンショック後のパニックのほうが、「(9日に)起きたことよりもはるかに恐ろしかった」と述べたという。
下落局面で買うスタンスは、「長期で見れば持ち直し、発展する」という前提に立たなければできない。これまでは米国は成長してきたからこそ果実を得られたわけだが、これからも同じように成長し続けるとは限らない。
それに、たとえ投資対象の市場や銘柄(バフェット氏にとっては米国株)について、「この下落は続かない」「長い目で見れば成長する」と思っていても、混乱した相場の中では、記事の見出しに不安をあおられ、下がるチャートに自信を失うものだ。すべきと分かっていてもできないのが人間心理というものだ。
「この100年間を振り返ると、株式投資で損をすることのほうが難しい」
冒頭で紹介したニューヨーク・タイムズのオピニオンはこう続いている。
「長期的には株式投資の成果はすぐれている。20世紀には米国は2つの世界大戦に巻き込まれ、大被害と高い代償を払った。恐慌、幾度もの不況、金融危機、オイルショック、流行性感冒、屈辱的な大統領の辞職を経験した。
しかしダウ平均は66ドルから1万1,497ドルになっている。この素晴らしい成果が出た100年間を振り返ると、株式投資で損をすることのほうが難しい。それなのに株式投資で損をする人は多い。不遇な投資家は、環境がよいときだけ投資し、記事の見出しが恐怖感をもたらせるときに売却するからだ」
短期的に相場がどうなるかは分からない。これはバフェット氏も幾度となく述べており、氏ほどの実績を挙げた投資家であっても分からないものだ。だから何に投資したらいいのかを簡単に導き出すことは難しい。しかし、投資を止めれば損失は生じないが、利益も当然生まれなくなる。投資は続けることが大事だ。
日本株の時価総額は30年間でどう変わったか米国はどうか
そして長期的な思考で投資先を決める必要性があることは、過去の日本株の推移を見ても分かる。たとえば過去30年ほどの株式時価総額を見ると、日本はほとんど変わっていない。この間、米国は9倍、ドイツは7倍を達成している。
1989年末の東証1部株式時価総額はおよそ590兆円あったが、その後長らく低迷、230兆円を割るなどした。そして2020年2月末では570兆円。これだけみるとほとんど変わっていない。
89年といえば、その年の大納会につけた3万8915円が日経平均株価の過去最高値という年だ。当時は株式先物指数が解禁され、一部の外国人投資家に利用されたという側面はあるし、その後2000年には日経平均採用銘柄が30銘柄入れ替えられているため、現在のそれと同様に比べることを躊躇しなくもない。だが、長期的な目線で投資先を選ぶことが必要であることは分かる。
これらの前提に立って、今取るべき行動は何だろうか。まずは投資の目標・ゴールが何なのかを振り返ったうえで、努めて冷静に見つめ直すしかない。上で紹介したバフェット氏の記事から、一節をもう一度引用しよう。
「株式投資で損をする人は多い。不遇な投資家は、環境がよいときだけ投資し、記事の見出しが恐怖感をもたらせるときに売却するからだ」
文:濱田 優
画像:Marina Linchevska / Shutterstock.com