感染監視で強まるプライバシー侵害の懸念──ピーター・ティールの米企業も政府と接触

コロナウイルスのパンデミックが広がる中、国家はウイルスの拡大を追跡するために大掛かりな監視ネットワークを利用している。公衆衛生と何百万もの人々のプライバシーとを天秤にかけることを、世界中の政府は余儀なくされている。

そして、米政府がコロナ危機の対応に加わってもらおうとしているのが、物議を醸す監視・データ収集企業だという最近の報道は、監視ツール利用の高まりを象徴するものだ。

米疾病予防管理センター(Centers for Disease Control:CDC)が、コロナ流行のデータ・モデル作成のために、データ分析大手のパランティール(Palantir)に協力を求めたと、ウォール・ストリート・ジャーナルが報じた。

同社は、法執行機関やその他の政府系セキュリティー機関に協力してきた実績を持つ。公開画像のウェブスクレーピングによって何十億の顔の画像を獲得して顔認証を扱うスタートアップのクリアビューAI(Cleaview AI)と、パランティールは、感染者と接触した人々の追跡で、州政府と連携している。

こうした報道を受けて、プライバシー擁護論者たちは公衆衛生の危機に対処する必要性を認めながらも、協力を呼びかけられる企業に対する懸念を抱き、警戒を強めている。

「有事には、市民の自由が最も危険にさらされる。平時のプライバシーと安全のバランスが、安全の方に傾くからだ」と、プライバシー専門の弁護士であるミシェル・ギルマン(Michele Gilman)氏は言う。同氏は、データが社会に与える影響を研究するシンクタンク、データ&ソサイエティー(Data & Society)のフェローを務める。

「主な懸念は、コロナウイルス危機で採用された新しい監視技術が『新常態』となって、危機が去った後も日常生活に永続的に組み込まれることだ。これは、十分な透明性、説明責任、公平性なしに国民が大規模に監視され続けることにつながる可能性がある」とギルマン氏は述べる。

9.11、愛国者法、スノーデン、新興テック企業

これには先例がある。それもあまり遠い昔ではない。2001年9月11日の米国同時多発テロを機に、監視カメラと監視ネットワークは全米で拡大し、米国愛国者法の成立に繋がった。同法は、政府の監視に対する法的なガードレールを取り去り、透明性を減じた連邦法である。そして、米国家安全保障局(NSA: National Security Agency)による、大規模な監視能力の強化を加速させた。これは、エドワード・スノーデン(Edward Snowden)氏の告発で後に明らかになったことである。NSAの行いに対する国民からの反発にもかかわらず、政治家たちはいまだにその権限を返上してはいない。

「愛国者法の一環として実施された命令の多くは、スノーデンが明らかにした、濫用へとつながった」と、プライバシーに特化したVPN企業、オーキッド・ラボ(Orchid Labs)の共同創業者兼CEO、スティーブン・ウォーターハウス(Steven Waterhouse)氏は述べる。

「今回の危機が過ぎ去って、どのような濫用がなされたと知ることになるだろうか。この危機では、どのような法律が押し通されるだろうか。」

スノーデン氏の顔写真を掲げ、政府による監視に反対するデモ(2013年10月、米国ワシントンDC)(写真:Shutterstock)

大量の監視カメラ、空港で全身のボディチェックを受けること、自らが常に監視されているということなど、今では当たり前と考えられているかもしれない。しかし、常にそうであった訳ではない。国民の危機をきっかけに、監視の構造は発展しやすく、社会に定着する機会がもたらされる。そして、個人の追跡を追及することは、テック企業にとっては大きなビジネスチャンスとなる。

その一例が、顔認証に関するスタートアップである、クリアビューAIだ。同社はウェブから何十億もの公開画像をスクレーピングし、数秒で顔を認識できるソフトウェアを生み出すという。同社は米国内の法執行機関を相手に宣伝を行っているが、BuzzFeed Newsが入手した文書によれば、急速な拡張計画の一環として、人権侵害の過去を持つ海外の権威主義な政権も対象としている。同社はさらに、独自技術の効果を過剰に宣伝し、警察が自社の技術を利用して事件を解決したと、事実と異なる主張をし、他社や州政府から告訴されている。

「私見だが、クリアビューは、情報に関して率直ではないというだけではなく、顧客を意図的に欺くというかなり一貫したパターンを持っている」とは、ジョージタウン大学法律センターのプライバシー・テクノロジー・センターのシニアアソシエイトを務めるクレア・ガービ(Clare Garvie)氏の弁だ。

「このウイルスの拡大に対処するために連邦政府や様々な州、自治体政府が採用するいかなる手段も、できる限り介入的ではない手段でなければならない。クリアビューAIが提案しているものは、そうではない」

ピーター・ティール「自由と民主主義は両立しない」

広範な研究によって、顔認証の正確性は全員に対して等しいわけではないことが示されてている。

「顔認証は、女性と有色人種に対して不正確なことで知られている」と、ギルマン氏は述べる。「その点を考えると、なぜコロナウイルスに対処するためにこうした技術を採用するのか。さらに、世界的パンデミックに対処するのに、これらの技術の有効性を測るためには、より多くの情報が必要である」

中国には、高い体温を検知する顔認証システムがあり、韓国は携帯電話のデータと金融取引の位置情報を利用して人々を追跡している。

一方のパランティールは、法執行機関と広範な契約を結んでおり、その業務に関しての透明性は顧客でもない限り、ほとんど、あるいはまったく無い。2019年にバイス(Vice)が入手した貴重な法執行機関向けのユーザーマニュアルの中で、パランティール・ゴッサム(Palantir Gotham)と呼ばれるプログラムは、容疑者、その友人や家族、ビジネス上の仲間をプロファイリングするデータのために、託児所、Eメールプロバイダー、交通事故などのデータソースを扱う法執行センターにおいて利用されていると言われている。

同社は、リバタリアンであり、フェイスブックの初期の投資家としても知られる大富豪、ピーター・ティール(Peter Thiel)氏によって共同設立された。ワシントンDCにあるリバタリアニズムのシンクタンク、ケイトー研究所(Cato Institute)に向けた2009年の寄稿でティール氏は、「最も重要なこととして、私は今や自由と民主主義が両立可能とは信じていない」と述べた。

官民で監視データを強化する副作用

「テロ攻撃やパンデミックなどの有事に、極秘データを共有する官民連携を生み出すことは、短期的利益をもたらすが、緊急事態が過ぎ去った後も長らく、データプライバシーに憂慮すべき影響を残す」と、ブロックチェーンを利用したプライバシー保護のためのスマートデバイスを開発するシリコンバレー企業、IoTeXのCEO、ローレン・チャイ(Raullen Chai)氏は述べる。

「意図された利用が終わった後に、集められたデータがどうなるのかをめぐる方針の曖昧さや、『緊急時のみ』の対応という主観的な要因は、人々の制御と透明性を奪う」

コロナウイルス流行による直ちの影響に対処する根本的な必要性を専門家は認識しているが、クリアビューAIやパランティールが、必要とされる透明性と、極力介入的でない形でのアプローチを提供してくれるかについては懐疑的な見方がなされる。

ガービ氏は、危機に乗じて暴利をむさぼろうとする動きを懸念している。「監視ツールをマーケティングするために恐怖を利用している」とガービ氏は述べる。「これらのツールを契約しようとしているすべての者に、不必要な監視メカニズムを押し通すために危機を利用する業者や企業によって意思決定が主導されることのないよう警告する」

翻訳:山口晶子
編集:T. Minamoto
写真:Dennis Kummer on Unsplash
原文:Privacy Advocates Are Sounding Alarms Over Coronavirus Surveillance