CoinDeskコラムニストのHasu氏は、匿名の仮想通貨リサーチャー。デリビット・インサイツ(Deribit Insights)や自身のブログで分析を発表している。
「数十年何も起こらない時があるが、数週間で数十年分の出来事が起こる時もある」
これは、ウラジミール・レーニン(Vladimir Lenin)の言葉と言われている。
これまでの30日間は、あらゆる意味で歴史的だった。新型コロナウイルスは我々が知っていた暮らしを揺さぶり、伝統的な金融市場と仮想通貨市場の双方で、すでに今までにない混乱を引き起こしている。
この混乱の中心にあったのは米ドルで、投資家から伝統的に「安全資産」と見なされていた資産を含め、多くの異なる資産から「ドルへの流入」が起きた。
当記事執筆時点で、ドルに対して年初から、S&P500は20%下落、原油は62%下落、イギリス・ポンドは9%下落、ロシア・ルーブルとブラジル・レアルはともに25%下落している。
ステーブルコインの需要急増
仮想通貨市場は長い間、一般の市場から隔離されてきたが、ドル連動ステーブルコインが事実上、ドルの新しい形になりつつある今、事態は変わった。
ブロックチェーン上のドルは、ビットコイン、イーサリアムに次いで仮想通貨で3番目に大きな資産となり、リップル(XRP)やビットコインキャッシュ(BCH)を上回っている。取引高に関しては、ビットコインにすら迫る勢いだ。
そしてステーブルコインはドルに裏付けられているため、ドルに対する世界的な需要の変化とFRB(連邦準備制度理事会)の通貨政策、双方の影響を受ける。
ビットコインが9000ドル台から4000ドルを割り、3月中旬に5000ドル付近で落ち着いてから、ステーブルコインは全体で約20億ドルの純流入を見せた。これは過去最大の需要の急増であり、伝統的な市場におけるドル需要の急増と一致していた。
こうした流入の大半は、年初以来15億5000万ドル増となったテザー(USDT)が占めたが、USDコイン(USDC)、バイナンスUSD(BUSD)もそれぞれ1億7000万ドル、1億5000万ドル増加した。
需要の増加につれて、投資家はステーブルコインの価格を1ドル以上に競り上げた。これが、より多くの供給をもたらすインセンティブとなった。つまり、ある企業が1000万ドルでテザーを購入する──1テザーは1ドルだ。そして、テザーを1ドルより少し高い価格で売り、その差額を利益として手に入れる。
2月、需要高を受けて、テザー(USDT)は一貫して1ドル以上で取引されていた。これが15億5000万ドルという巨額流入の要因となった。
需要急増の3つの理由
なぜ投資家は今まで以上にドル連動ステーブルコインを欲しがっているのか? 関心の急上昇には、3つの主な理由があると私は考えている。
第1に、市場が暴落したことで、リスクの高い仮想通貨資産から安全資産への流入があった。長期的に仮想通貨に強気の人々が、以前は相関関係のなかった資産が足並みを揃えて下落し始めるにしたがって、短期的な売りに出た。
第2に、前述した通り、ドルに対して安くなっている新興市場の通貨からドルに対する大きな需要がある。特にテザーは中国、インドネシア、ロシア、ブラジルなどで、資産をドル化する最善な方法の1つとなった。
第3に、新型コロナウイルスによる検疫と旅行制限という物理的な現実により、当面の間、特に国家間において、現金を移動させることは非常に難しくなっている。
ドルに連動したステーブルコインは、特に非許可型アクセスとプライバシーの観点において(適切に利用されれば)現金の好ましい特質のいくつかを備えており、少なくとも一時的には代替品として機能できる。
ビジネスモデルへの金利引下げの影響
ドル連動ステーブルコインは、ますます「ユーロダラー(主にヨーロッパの銀行に預けられたドル)のライト版」になってきているが、ドルの通貨政策の影響も受ける。連邦公開市場委員会(FOMC:Federal Open Market Committee)は3月15日、新型コロナウイルスによる経済低迷を緩和するために1.0%の金利引き下げを行い、政策金利は0〜0.25%となった。
この金利引き下げは実は、ステーブルコイン発行者のビジネスモデルに大きな影響を与える。その理由を理解するには、彼らがどのように利益をあげているかを見るだけで良い。現状、2つの主な方法がある。
1つ目は、準備金を投資(通常は商業銀行に貸し付けたり、米国債など安全性の高い確定利付債を購入)すること。
2020年はじめ、テザーは55億ドルの顧客資産を抱えていた。利率が1.25%なら、最大6875万ドルの収益を生み出すことができる。
政策金利はすべての商業金利に影響を与えるため、テザーやUSDCなどのステーブルコイン発行者がこの先、利子から生む利益は大幅に少なくなる。ヨーロッパや日本のように金利がマイナスになれば、お金を預けるために支払いをする必要があるかもしれず、倒産の可能性もある。
収益が減少しているため、ステーブルコイン運営者たちが支出をカバーするために、社債など、リスクの高い投資に追い込まれてしまうのではないかとの懸念がある。
2つ目の収益源として、一部の運営者(テザーなど)はすでに入金と引き出しに対して、現在0.1%の手数料を課している。一方で、手数料を課さない運営者(USDCなど)も存在する。
ゼロ金利という新たな現実に対処するために、完全に新しいビジネスモデルを検討するステーブルコインも出てくるかもしれない。
USDCは、決済、ウォレット、マーケットプレース、企業アカウント向けのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を提供することで、事実上の商業銀行になることを目指しているようだ。
いまのところ運営者は、個人ユーザーにコストを転嫁するのではなく、ステーブルコインによって可能となる隣接したビジネスを開発し、(そして、そこに課金)しようとしているようだ。例えば、追加の取引手数料を導入するなどだが(PAXはすでに、同社のゴールド連動トークンでこの取り組みを行っている)、新たな課題も生まれる。
利子収入が尽きつつあるなかでも、ドル連動ステーブルコインに私は大きな未来があると考えている。特に今、ステーブルコインを保有するための機会コストは事実上ゼロになっている。
将来的にはおそらく、マイナス金利の国々と、ドルに対する価値を急速に失っている通貨を持つ新興市場の双方から、さらに大きな流入が見られるだろう。
ユーザーが、ステーブルコインがもたらすサービスの価値を評価する限り、運営者は新しい、持続可能なビジネスモデルを開発できる可能性は高いと私は考えている。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
原文:USD Stablecoins Are Surging, but Zero Interest Rates Complicate Business Model
執筆協力:Su Zhu、Nic Carter、Mike Co