リブラ協会は、世界中の規制当局に歩み寄るため、法定通貨のバスケットに裏付けられた「グローバルデジタル通貨」という当初のアイデアを大幅に変えた。
方針転換
フェイスブック(Facebook)が昨年立ち上げたリブラ協会(Libra Association)は今、異なる法定通貨に裏付けられた複数のステーブルコイン開発を計画している。例えば、あるリブラは米ドルに、別のリブラはユーロなどに裏付けられることになる。
リブラ協会はまだ、(当初の計画のように)複数の通貨に裏付けられたステーブルコインの発行も考えているが、銀行に保管された法定通貨に直接裏付けられるのではなく、新たに開発するステーブルコインに裏付けられるものとなる。
新しいモデルは間違いなく、リブラの柔軟性に制約を与える。バスケットに新しい通貨を追加(あるいは削除)するには、別のデジタルトークンの発行(あるいは回収)が必要となるからだ。
4月16日に発表された方針転換は、通貨主権を損なう恐れがあるという懸念を理由の1つに、リブラの最初の計画に反発した世界中の政府や中央銀行に対する大幅な譲歩だ。
「オリジナルのホワイトペーパーを発表してからの経緯は、『デジタル決済とデジタル通貨をいかに適切に規制するか?』について、世界中で重要な議論を引き起こした」とリブラ協会のダンテ・ディスパルテ(Dante Disparte)副会長はインタビューで述べた。
2019年6月に発表されたリブラ協会には当初、発展途上国に重点を置き、グローバルな決済システムを実現するためにフェイスブックが作り出したブロックチェーンベースのテクノロジーのもとに、クレジットカード会社、テック大手、ベンチャーキャピタルなどが結集した。
しかしリブラ構想は、特に先進国において規制当局からの怒りを招いた。当初の意図を弱めた新バージョンは、2020年の年初から変更が準備されていると報じていたザ・インフォメーション(The Information)の3月の記事やドイツのファイナンスFWD(FinanceFWD)の1月の記事と一致している。
「我々は依然として、2020年中にローンチするという目標に向かって、全力を尽くしている」とリブラの広報担当者はCoinDeskに語った。
リブラの新バージョンとは
リブラは、法定通貨に裏付けられた複数のステーブルコインに重点を置くことで、既存通貨を、ピアツーピア、および国際的に、より使いやすくすることに主眼を置く。
4月16日に発表されたリブラの改訂版ホワイトペーペーに添えられた文書は、政治家が表明した幅広い反対を認めていた。
我々のビジョンは常に、リブラネットワークを法定通貨と競合させることではなく、補完することだったが、広く共有された主な懸念事項は、複数の法定通貨に裏付けられたリブラが巨大な規模に達し、多額の国内決済がリブラで行われるようになった場合、リブラは通貨主権や通貨政策を妨げる恐れがあるというものだった。そのため我々は、リブラに加えて単一通貨のステーブルコインを含めることで、リブラネットワークを増強している。
例として文書は、米ドル、ユーロ、英ポンド、シンガポールドルに裏付けられたリブラの派生バージョンをあげた。
「それぞれのステーブルコインは、価値が保たれるよう、優良な資産と短期国債の準備資産によって裏付けられる」とディスパルテ氏は述べた。
「このタイプのモデルは、中央銀行や公的機関への近接性を改善すると考えている」
複数の法定通貨に裏付けられたリブラも残るが、新たに開発するステーブルコインの組み合わせのみで構成され、準備資産は2018年にローンチしたステーブルコイン「サガ(Saga)」が提案したような、IMF(国際通貨基金)の特別引出権(SDR)の構成を真似たものになるようだ。
ディスパルテ氏とのインタビュー中に提示された資料には、リブラは「単一通貨ステーブルコインとは別のデジタル資産にはならない」とあった。
さらに文書には、「リブラは効率的なクロスボーダー決済、およびまだネットワーク上に単一通貨ステーブルコインを持たない国の人々や企業のための中立的でボラティリティの低い選択肢として使用できる」と記されていた。
匿名を条件に取材に応じたシリコンバレーの暗号資産投資家は、ステーブルコインはすでに成功の大きな源であることが証明されていると語った。例えば、イーサリアムの主なユースケースの1つは、ステーブルコインを動かすための方法となったことだ。
ドルのような主要通貨がデジタルになることは避けられないが、一部の政府は、そうした取り組みを国内で行い、米医療保険サイト「Healthcare.gov」のような大失敗をするよりも、リブラ協会のような組織に効果的に外注する方が良いと考えるかもしれないと投資家は述べた。
さらに、より大きな疑問は、新型コロナウイルスが収束した後、金利が0%近くにある世界の中で、ビジネスモデルの大部分がきわめて薄い利益に基づいているプロジェクトに、パートナーが関与し続けたいと思うかどうかと投資家は主張した。
許可型のまま
さらなる譲歩として、リブラ協会の新しいホワイトペーパーからは、リブラネットワークが非許可型(permissionless)となることについての言及が削除された。リブラネットワークでノードを実行するすべての参加者は、他のすべての人たちに知られることになる。
「規制当局は、リブラネットワークのコントロール領域について思慮深い疑問を提起した──特に、未知の参加者がシステムのコントロールを握り、主要なコンプライアンス規定を削除してしまうことに対する防御の必要性について」と文書には記されている。
オリジナルのホワイトペーパーは、リブラは協会メンバーがコントロールする許可型ネットワークとしてスタートするとしていた。だが5年間で非許可型への移行を始める明確な計画があった。
「そこでのアイデアは、非許可型システムの最高のクオリティを持ちつつも、常に参加者が誰であるかを知っているモデルにするというものだった。つまり、ノウ・ユア・ビジネス(know-your-business:KYB)であり、ノウ・ユア・カウンターパーティー(know-your-counterparty)」とディスパルテ氏は語った。
改訂版ホワイトペーパーに添えられた文書はまた、新たなロードマップは、個人と規制を受けていない組織がネットワーク上でできることを制限することによって、FATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会、Financial Action Task Force)の勧告により即していることを示唆している(FATFは、リブラが2019年6月に発表された3日後に、暗号資産企業に対するガイドラインを正式なものにした)。
「ホストされていないウォレット」は残高と取引に制限がかけられ、ネットワークは当初、暗号資産サービス提供業者(VASP)のみに「アクセス可能となる」と文書は記した。
もちろん、規制を受けていない組織がネットワークとやり取りする能力を制限することは、金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)を促進するというリブラの目標を妨げる可能性がある。
スイスで規制を受ける
ロードマップの重要な変化とは別に、リブラ協会は依然としてローンチのための規制当局からの認可を求めている。
リブラ協会は、金融・銀行サービスの提供を可能にする、スイスの連邦金融市場監督機構(FINMA)のライセンス取得プロセスを開始したとディスパルテ氏は述べた。
「FINMAがリブラプロジェクトと我々のライセンス申請を審査するアプローチのとてもユニークな点は、世界中のさまざまな国や組織を効果的に含む、規制・監視当局の集団を形成したことにある」とディスパルテ氏は語った。
リブラ協会はまた、金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)にマネー・サービス・ビジネス(MSB)として登録する予定で、これは通常、アメリカで取引所や送金サービスを行うための第一歩となる
だがリブラ協会はこうしたサービスの提供は意図していないとCoinDeskに語った。一方、フェイスブックのブロックチェーン関連子会社カリブラ(Calibra)はすでにMSBとして登録されている。
ブロックチェーンにこだわる
テクノロジー面は、おおむね同じままだ。
「もちろん、リブラブロックチェーンの準備を確実に進めるために、作業を続けている」とディスパルテ氏は語った。
「我々は、ブロックチェーンとそれを支える技術の構築を続けており、オープンソースの世界にとって、このネットワークへの参入障壁が可能な限り低くなるようにしたい」
非許可型でないなら、昔ながらの中央集権的なシステムは同等、もしくはより良く機能すると多くの業界関係者は主張する。これは、ビットコイン支持者のジミー・ソング(Jimmy Song)氏が長年、繰り返し主張してきたことだ。
ディスパルテ氏は、リブラは真にオープンなネットワークになることは決してないにもかかわらず、ブロックチェーン技術を使うことを擁護し、次のように語った。
「ペイパル(PayPal)は何年も前にベンモ(Venmo)を買収した。だがペイパルユーザーはベンモユーザーに送金できない。つまり相互運用性が存在しない。ブロックチェーンの使用にこだわることは、現在の規格では不可能な、リブラでの決済による、個人から個人への自由なお金の流れを真にサポートすることになると考えている」
ピアツーピア決済という要素は、ブロックチェーンアーキテクチャのもとのみで実現可能とディスパルテ氏は主張した。
「つまり、リブラシステムの大きなブレークスルーは(中略)セキュリティを犠牲にしない、真にスケーラブルなピアツーピア決済ネットワークというコンセプトにある」
リブラが昨年発表された時、CoinDeskは業界のさまざまな人物を取材し、フェイスブックが生み出した新しいブロックチェーンの可能性について聞いた。投資家ナバル・ラビカント(Naval Ravikant)氏のその時の答えは、少なくとも部分的に当たっていたようだ。
「暗号資産にとってはあまり意味がないと考えている。法定通貨に代わる暗号資産ではないから」
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:House Financial Services Committee
原文:Libra Scales Back Global Currency Ambitions in Concession to Regulators