2020年3月、国内最大の暗号資産取引所を運営するbitFlyerと持株会社bitFlyer Holdings、その両社の代表取締役に就いた三根公博氏。興銀出身で、松井証券やマネックス証券、コインチェックなどで役員・執行役員を務めるなど、ネット証券、暗号資産を含むリテール金融に精通した人物だ。コインチェックには、暗号資産の流出事件後、立て直しのためにマネックスグループから出向、19年3月に参画したbitFlyerでも当初リスク・コンプライアンス担当をするなど、規制やコンプライアンスにも長けている。
これまで“守り”を固めてきた三根氏は代表となり、「これからは攻める」との姿勢を鮮明している。代表就任の抱負とbitFlyer、そして暗号資産業界の展望について訊いた(本取材は5月19日に行われました)。
「今は守りから攻めへの転換点。ここから急成長ステージにもっていけるか?」
──3月に取引所およびホールディングスの代表に就任されましたが、経緯や受けたときの気持ちについて聞かせてください。
2019年3月にbitFlyer グループ入りしましたが、私の最大のミッションは2018年6月に受けた業務改善命令への対処でした。結果、無事解除され、19年7月には新規口座開設の受け付けも再開できました。12月にはリスク・コンプライアンスリスク本部の担当役員から事業戦略・システム開発の担当になり、そこで立ち位置も守りから攻めに明確に変わりました。
前社長の平子(惠生)さんは一身上の都合でお辞めになりましたが、銀行経験が長く金融の知識は十分お持ちの方でした。後を継ぐ私にもオンライン証券、暗号資産・ブロックチェーン周りの経験や業界の人脈がそれなりにある。暗号資産業界も当社も、守りは必要ですが、いつまでも守りだけではいけない。(代表就任は)チャンスだと思い、しっかり攻めるべくお受けすることにしました。
社内でもよく言うのですが、前社長体制は危機管理に特化した経営陣でした。そして業務改善命令の解除という成果を出された。
今は守りから攻めへの転換点です。これから本格的に成長させて、あの時にbFは変わったよね、急成長のステージに入ったよねとまで言ってもらえるように、ともかく攻めに転じます。
──日本で最大の取引所を率いることになったわけですが、日本の暗号資産業界の現状・環境をどのように見てらっしゃいますか。
当社だけでなく業界全体でやるべきことは、信頼を勝ち得ることです。2018年1月の他社の仮想通貨流出事件を契機として、暗号資産業界に対する不信感があります。規制強化の流れも強いのは、もっぱらセキュリティへの懸念があるからです。残念ながら金融庁からも「暗号資産は投機的な側面が強い」と言われている。いかに投機的ではないものにするか、その整備が課題です。
──5月からはテレビCMも久しぶりに放映されています。
3パターン作りましたが、そこで訴えているのは、決して(暗号資産取引で)「億り人になれる」というようなものではなく、あくまでセキュリティ面の堅牢さ。きわめて真面目に分かりやすく伝えたつもりです。
当社は開業以来、一度もハッキング被害に遭っていません。フランスのSqreen社が2018年、世界140の取引所のセキュリティ対策状況を発表しましたが、当社は(コインベースとともに)世界で最もセキュリティスコアが高い会社に選ばれました。今後も取引所ビジネスの最重要課題としてセキュリティ確保に手を抜くことはありません。
──ただセキュリティ強化はコストがかかり、ビジネス面では重荷になりがちです。そのバランスはどうお考えですか?
それはネット証券、FX 会社も同じで、インターネット金融である以上ハッキングリスクはあります。ただ暗号資産の場合はハッキングされ盗まれると終わりという特徴がある。理論的には取り返せるはずですが、実態としてはハッキング被害を受けた他社(から流出したコイン)もまだ戻って来ていません。
ここで強調したいのは、コストはどうしてもかかるものなので、それに耐えられない所は参入してはいけないということ。コストに耐えられる体制を作らなければいけません。
当社も収入の柱が手数料などとフローに依存しているので、外部環境の変化に極端に左右されないようにする必要がある。たとえば当社には、資産管理のノウハウ、セキュリティへ技術があるので、カストディービジネスに参入して他社から秘密鍵を預かるというようなことも考えられます。
──それ以外にも今後のビジネス・サービス展開として考えられる動きはありますか?
可能性を検討するという意味では、取引所では、グローバルで板取引をするとか、他社が自社トークンを計画されていますが、我々も何らかの独自トークンを出せないかとか。あと今回、第一種金融商品取引業のみなし業者になりましたが、第一種金融商品取引業登録が完了した後に、長期的にはデリバティブ、スワップとかオプションを自社商品として作る可能性を検討したいと思っています。
bitFlyerグループで「ブロックチェーン生態系」を構築する
──取引所だけでなくホールディングスの代表にも就かれましたが、グループとしてどうなりたいという構想をお持ちですか。
グループとしての力を活かし、ブロックチェーン生態系を確立したいと考えています。
当社は暗号資産交換業のライセンスを持っていて、昨年5月に創業したビットフライヤー・ブロックチェーンが「miyabi」という独自のブロックチェーンを持ち、PoC (概念実証)ではなく本格的なサービスリリースに向けた話し合いを、国内を代表する大企業と進めています。国内にはこうしたグループは当社だけ。お互いの力で、暗号資産の売買、市況に左右されない状況をつくり、ブロックチェーン生態系を生み出したい。
海外展開も本格化させたいと考えています。2017年11月に bitFlyer USA(米国)を作り、2018年1月にbitFlyer EUROPE(ルクセンブルク)も作りました。我々は日米欧に拠点を作ってライセンスを受けている世界唯一のグループです。日本ではそれなりに成功しているので欧米にも横展開してサービスを拡充したいし、将来的にはアジアにもサービスをローンチしたいと考えています。
──SBIや楽天など、ネット証券でFXのサービスを展開しているグループも暗号資産交換業に進出しています。暗号資産のトレーダーの中には FX トレーダーの方もかなりいるでしょうから、そういう意味では証券やFXの取引口座を持っている人のほうが暗号資産取引も始めやすい。ネット証券のグループに強みがあるのではないでしょうか。
手数料ビジネスでは、差別化しないとダンピング、価格引き下げ競争になってしまう。競争条件はイコールフッティングでどこも同じになっていって、最後は体力勝負になる。ネット証券についても、手数料がタダになるという未来は昔から見えていました。
暗号資産業界については、産業の変化がネット証券・FXとまったく同じではないにせよ、値段が上下する商品の売買手数料をもらう勝負をしているわけだから、行き着く先はある程度見えている。だからそうではないほうに持っていかなければいけない。それが何かという仮説はある程度持っているつもりです。
5月に改正金商法が施行されて、暗号資産の値動きを商品とした店頭デリバティブが金融商品として位置づけられました。そうなると現引き・現渡しをしない、秘密鍵の預かりがない100% FX の世界が可能となる。そこで何が起こるかというと価格競争に決まっている。もうレッドオーシャンめがけてまっしぐらで、結局数社しか残らないことになります。
幸いなことに、暗号資産マーケットはまだ外為FXのように収斂(しゅうれん)していません。ドル円は理論的には「一物多価」でも、ほぼ「一物一価」に収斂する。これに対して暗号資産は市場の非効率性がまだ残っていて、まだ「一物多価」なんです。あくまで“まだ“ですが。十分に流動性が高まって、資産移転の摩擦係数、手数料とか税制が整備されると、こうしたものは平準化し、市場の効率性も増して、理論上は「一物多価」でも現実的には「一物一価」というドル円のような状態に近づく。それが実現するまでに他社との差別化を図るかというのが業界の経営のカギだと思っています。
あと我々のグループには金融のプロも多数いますし、単純にビットコインの取引手数料の叩きあいをするのではなく、もっと上流を指向したい。ブロックチェーンのインフラストラクチャーを使った新しい金融の形を模索したい。
私は長年、ネット証券でリテールのビジネスをやってきましたが、今の暗号資産の状況はちょうど2000年代前半、外為法が改正され、自由に為替取引できるようになった頃のFXと似ています。
当時は証拠金の分別管理も義務付けられておらず、ルール整備をしながら業界の発展に努めたわけですが、今をあの当時になぞらえています。あの時の経験は当社の発展だけでなく、暗号資産全体の発展に活かしていきたいと思っています。
セキュリティトークンの誕生、コロナウイルス拡大……これからの社会はどうなる
── セキュリティトークンやSTOについてはどのようにお考えでしょうか。御社に参入意向があるのか、または一般論としてその可能性をどう見ていらっしゃるのか。
セキュリティトークン(ST)はまだ法律しかなく、それもプライマリーだけでセカンダリーマーケットが見えてきません。今のところはまだ画に描いた餅。もう少し見えてからやろうといったところです。
セカンダリーマーケットについては、SBIの北尾会長が率いる日本STO 協会が力を入れていますよね。STO協会はいわばクリプト版の日証協(日本証券業協会)をめざしていて、セカンダリーマーケットの規則を作ろうとしていると理解しています。SBIさんにはそういうエコシステムがありますから、構想としては分かりますし、そっちに行くのは正しいと思います。
ただ従来型の証券会社がそちら(セキュリティトークン、デジタル証券のビジネス)に参入するのは厳しいと思います。大手の中でも数社しか対応できないのではないでしょうか。
我々のようなクリプト企業が証券会社に寄り、証券会社がクリプトに寄る。そういう事象は起こるでしょうね。どのくらいの年月でどうなっていくかは分かりませんが……。
2016年にZUU onlineさんに「有価証『券』」は必要か?というテーマで寄稿させてもらったことがあります。あの頃 はまだSTOという言葉はありませんでしたが、「株『券』」がなくとも、ブロックチェーン上で株式を直接売買することは十分可能だと、既にそのときに指摘しています。現実がそうなってきている。そうなると取引所やほふり(証券保管振替機構)、日本証券クリアリング機構のような存在は新しい役割を求められるようになるかもしれません。
変化というものは、一気に起きるとは限りません。水面で長い時間かけて少しずつ変化が起きていて、何かのきっかけでそれが表になって、一気に浸透したように見えたりする。金融でもそういうことが十分あり得ると思います。
──コロナウイルス感染拡大の影響で、働き方やお金に対する考え方などあらゆる面で変化が起きたと思いますが、どうお感じになっていますか?
社会の仕組みが一気にオンライン化しましたよね。好むと好まざるとにかかわらずリモートワークが広がった。リモートワークできてないところは自宅待機をせざるを得なくなっている。一方で行政側は法律で決まっていることもあり、民間同士はいいのですが行政への提出書類のためにハンコをついて書類を出さなきゃいけないから、押印のために出社するという、厳しい状況も続きました。こうした中でbitFlyerグループも「脱ハンコ」に向けた取り組みを進めています。
あらためて価値の記録と証明をオンラインでできるよう再考しなければいけません。その中で、インターネットを用いた通貨であり、価値そのものを示す暗号資産というものに対して、一般のイメージも好転して、コロナショック後の世界で何らかの進化をする可能性は十分にあると思います。
そういう変化や進化も突然起きるわけではありません。大政奉還も1867年になんの前触れもなく起こったわけではなくて、それまでに極東をめぐる欧米各国の動きが数十年続くなど、あらゆる前触れが長い時間の中で起きていたわけです。
リーマンショックを経て、サトシ・ナカモトが論文を書いてビットコインが誕生し、それから11年経った2020年にコロナウイルスが広がった。ここまでの間に大きな変化が水面下で起きています。コロナ後の社会で、暗号資産が世の中に溶け込む時代になる、そんな変化が一気に実現しても誰も驚かないでしょう。
取材・編集:濱田 優
画像:bitFlyer提供
(編集部より:発言者が発言の一部を訂正したため、5、6段落目を訂正して、記事を更新しました)