新型コロナウイルス感染拡大にともない、浮き彫りになったさまざまな問題の解決にブロックチェーン技術がどう活かせるのか──。そうした議論をするオンラインパネル討論「ポストコロナ時代の金融・社会システムのリデザイン―ブロックチェーン技術による社会課題の解決策-」が6月26日、公開された。
このイベントは日経と金融庁が主催。3月に国際会議Blockchain Global Governance Conference (BG2C)、FIN/SUM Blockchain & Business (FIN/SUM BB)を開催する予定だったが、コロナウイルス感染拡大を防ぐ観点から4月に延期。さらに延期され8月24日(月)、25日(火)の両日、実際の会場とオンラインの両方で開催されることになった。
6月26日のオンラインパネルは、8月の本開催に先立ち、特別に実施されたもので、パネリストらは日本や米国、シンガポールなど世界各地から参加した。コインデスク・ジャパンはメディアパートナーを務めたほか、米国コインデスクの最高コンテンツ責任者であるマイケル・ケーシーがモデレーターを務めた。
ニューヨーク、パリ、香港……世界各地から参加
会議は、金融庁が開催してきたブロックチェーンの国際共同研究プロジェクトを発展させた「BG2C」と、フィンテックやレグテック(レギュレーション+テクノロジー)に関する会議「FIN/SUM(フィンサム)」のブロックチェーン版「FIN/SUM BB」を組み合わせたもの。
26日のオンライン討論にニューヨークから参加したのが、モデレーターのケーシー氏と、カタリーナ・ピストー教授(コロンビア大学ロースクール)。米国からは他にも、ワシントンから松尾真一郎ジョージタウン大学研究教授が参加した。
欧州からは英国ロンドンからR3のリチャード・G・ブラウンCTOとフランス・パリからホアキン・ガルシア=アルファロInstitut Mines Telecom テレコムSudParis教授が出席。アジアでは、香港のピンダー・ウォンVeriFi会長、シンガポールから三井住友銀行、山崎 信一郎トレードファイナンス営業部シンガポール 副部長。日本からはSBIホールディングス藤本守執行役員 ブロックチェーン推進室長(SBI R3 Japan代表取締役)、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授のクロサカタツヤ氏(企=くわだて=代表取締役)が参加した。
有用性かプライバシーか──バランスが問題
冒頭、モデレーターのケーシー氏が、新型コロナウイルス(COVID-19)拡大が社会に突きつけた現実について整理し、今が時代の大きな転換点にあると指摘。とりわけ“Black Lives Matter”や欧州での移民問題などを引き合いに、中央集権的なガバナンスがうまくいかなくなってい一方で、逆にボトムアップの、分散型の仕組みがうまくいっていると示唆。世界中の政府がコロナ禍の補償給付を検討または実施したことを挙げ、マネーのあり方について、アナログ対応に限界があることが分かったなどと話した。
議論では、オンライン・アイデンティティの問題に20年以上かかわってきたというウォン氏がデジタルアイデンティティに関する議論や接触追跡アプリの状況などについて触れた。
またセキュリティが専門だというアルファロ氏が、医学関係者からは中央集権的な情報管理のほうが役に立つという意見が出ていることを紹介しながらも、完全分散型にすべきとの意見を表明。その上で、ユーザーが(個人情報を)完全に支配しようと思うとサーバーに替わる巨大なデータベースが必要になるなどと述べ、コストや効率性と、個人が自分の情報を管理したいという意思が時に対立することを「有用性対プライバシーの問題」として提起した。
新型コロナウイルス接触確認アプリCOCOAの取り組み
日本の新型コロナウイルス接触確認アプリCOCOA(ココア)にも関わったというクロサカ氏は、同アプリについて、他国の追跡アプリと似ているが、個人を特定せず絶対的位置情報も取得せず接触の履歴のみ管理する点で異なっている点を強調。有用性とプライバシーを両立することの難しさと重要性についてアルファロ氏に同意した。さらに、日本の公衆衛生関係者は絶対的なアドレスなどの取得の必要性を説くが、反対意見もあると対立関係の存在を指摘。「興味深いことに、両者とも個人を無視している」として、新たな信頼ができるコミュニケーションコンセンサスプラットフォームを提案、ブロックチェーンなら可能であると呼びかけた。
R3のブラウン氏は、英国の例を出してコロナ禍によるポジティブな影響に言及。6ヵ月前ならできなかったこととして、遠隔医療が実現し、中世から大きく変わっていない大学の授業のあり方が変わったと例示。「ヒースロー空港に1本滑走路を造るのに何十年もかかるような英国ですら、中国のように病院が一気に増えた」などと述べた。
さらに、豊かになった先進国では「大きいことができなくなっている」として社会変革の難しさを指摘。その理由として、何についても反対勢力が必ずいるからだと述べた。その一方で、コロナによる影響で大きく社会が変わったことを引き合いに、「理由があればできる。(社会が変われない)唯一の足かせは、ハングリーさの欠如だ」などと述べた。
またR3やブロックチェーンプラットフォームCordaの取り組みや現状についても紹介し、「分散化は現状であり目標ではない」と話したほか、議論終盤で出たデジタルマネーの議論に関連して、キャッシュにも停電でも使えるといった利点があるとして、(新たなマネーの仕組みは)「電気がなくても6日間使えるようなものでないといけない」と訴えていた。
「米国政府は国民に手が届かないことが分かった」
コロンビア大ロースクールのピストー教授はコモンローの概念を引き合いに、法律においても分散型の考え方や仕組みがあることを指摘。コロナによる影響については、米国が個人に(小切手などで)給付金を送ろうとしたケースに触れた。銀行口座がない人もいるし、小切手では納税者にしか届かず、数週間もかかることなどからお金を直接配る仕組みがないと述べ、「つまり米政府は国民に手が届かない。アクセスできるのは銀行だけで、銀行経由でしか国民に手を伸ばせない」と指摘、興味深いガバナンスだと喝破。その上で、「デジタル決済システムの構築」の重要性を説いた。
SBIホールディングスの藤本氏は、個人情報が税務署にも役所にも、大手銀行にもあると述べ、散在して相互運用性がまったくないことが問題だと指摘。これを解決する上で分散型台帳技術(DLT)に大きな期待を持っていると述べた。
三井住友銀行の山崎氏は、コロナウイルスの拡大で経済に大きな影響が生じたことでサプライチェーンの強さも弱さも分かったとして、技術(テクノロジー)がカギであり、(トレードファイナンスにおいて)ペーパーレス化が必要であるとの認識を示した。
ジョージタウン大の松尾研究教授は、コロナウイルス対策は動的に戦略をかえて取り組むべきと指摘。多様な専門家に関わってもらうためにボトムアップの協力型アプローチが必要で、その実現にはブロックチェーンが素晴らしい方法だと述べた。さらにスマートコントラクトも戦略のコード化に寄与するなどと評価した。
また自身が発起人の一人でもあるBGINについて説明。これはブロックチェーンに関する新しい国際的なネットワークで「Blockchain Governance Initiative Network」の略。ブロックチェーンコミュニティを持続的に発展させるため、あらゆるステークホルダーの共通理解に向けて、議論などの場を設けようという取り組み。3月に設立されたBGINの今後の短期のロードマップについて説明した。
議論はおよそ80分にわたって行われた。冒頭でも触れたとおり、BG2C FIN/SUM BBは8月24日(月)、25日(火)の両日、実際の会場(東京・日本橋の室町三井ホール&カンファレンス)とオンラインの両方を組み合わせた形で開催される。
文:濱田 優
画像:BG2C特別オンライン会議画面より