元日銀局長が考える金融が目指すべき未来と「ポスト・フィンテック」──フューチャー・山岡取締役インタビュー

3メガバンクやセブン銀行、NTTグループ、JR東日本などが参加するデジタル決済インフラの実現を目指すための勉強会。6月に発表されたこの勉強会の座長を務めるのが、元日銀局長で、フューチャー取締役の山岡浩巳氏だ。山岡氏が最近、新刊『金融の未来──ポスト・フィンテックと「金融5.0」』(きんざい)を上梓した。山岡氏が考える、日本の金融業界の、日本の銀行の目指すべき姿を訊いた。

「フィンテック」を「金融業界の技術活用」の話と考えてはいけない

『金融の未来
ポスト・フィンテックと「金融5.0」』
(きんざい)

──新刊のタイトルにある「金融の未来」というテーマは執筆時点であったのでしょうか。

そうですね。ただ金融の未来と言っているものの、金融に限った話をしたいわけではないんです。ここ数年、「Fintech」という言葉が大変注目されていますが、誤解を生みやすいと思います。Fintechは「金融に限ったテクノロジー(活用)」というイメージを持たれがちですが、それでは視野を狭めることになります。

たとえばアリババはフィンテック企業だと思われていますが、創業者のジャック・マーは、金融はあくまでアリババが提供する生活を便利にするあらゆるサービスの一つということで、フィンテックではなく「テックフィン」と言っています。

つまりフィンテックの動きは、金融業界をテクノロジーでどう変えるかという問題ではない。テクノロジーを使って生活全般を便利にする動きで、その一つが金融に過ぎないわけです。

──なるほど。テクノロジーによる社会の改善が先にあるべきだと。それでは、日本の金融の未来を考える上での問題や課題はどこにあるとお考えですか。

最近、メガバンクにもご参画いただいてデジタル決済インフラの勉強会を作りましたが、日本のデジタル決済インフラをどう構築するのかを考える必要があります。

インフラを作る上での日本の大きな課題はテクノロジーではありません。たとえば QR コードは日本のデンソーウェーブが開発しているし、NFC(近距離無線通信規格)ではソニーが開発したFeliCaがあります。このように日本の技術力は極めて高い。

大きな課題は、業界横断的な体制が組めるかどうかです。マイナンバーカードが典型例ですが、カードは配ったもののマイナンバーカードの仕組みでは特別定額給付金の10万円は配れない。せっかくデジタルの仕組みを作ったのに。

ただ、これは問題か日本の美点かが難しいところですが、日本は給付金の確認を手作業でやってしまえる国なんです。役所が必死で作業してなんとか配ってしまえる。

海外で仮に同じような事が起これば、人力で確認作業をして給付するなんて到底無理です。エストニアはe-Governmentという制度があって政府の手続きのほとんどがデジタルでできますが、それは人力で事務を回すお金もなければ人もいないから。だから全部デジタル化に移行したとも言えます。

大切なのは組織を超えた統一、全体としてのハーモナイゼーションです。デジタル決済インフラを考える時も同じです。

あとQRコードもNFCもあるのに、いまだにみんな現金を使っている。これを何とかしないといけませんね。

──国がキャッシュレスを政策として推進するなど広がっているように感じるものの、依然、現金の使用率は高いようです。

現金には経済社会的には相当なコストがかかっています。現金を流通させるために、銀行にはATMや支店がたくさん必要になります。現金流通のため、全体で8兆円ぐらいかかるという試算もあります。

現金比率の高止まりはマネロン対策の面でも問題です。現金流通残高の対名目GDP比率はスウェーデンなどは1%台なのにいまだに約20%。海外からみたら、この国はマネロンや脱税に甘い国だと思わる恐れがある。

(写真=森口新太郎)

ただ現金をなくすということではなく、合理的な範囲というものがあるはずです。そこを目指してデジタル決済インフラを構築しなければいけない。

──新型コロナウイルスの拡大で現金を触りたくないという人も増えています。

実際、イギリスでは現金の ATMからの引き出しが激減しています。コロナの影響でリモートワークが広がるなど生活様式が変わっています。Eコマースもさらに広がっていますが、日本には「代引き」という、ドライバーに現金を払うすごい仕組みがあります。これもマイナンバー同様、デジタル化が不十分でも日本の手作業の信頼度の高さで何とかこなしてしまうという事例で、ちょっと海外では考えられませんね。海外ではそれができないからキャッシュレスが広がっているということもあります。

日本もこれから感染症と共に生きることが要請される中、あらゆる場面でキャッシュレスでもちゃんと払える状況を作らないといけません。

「データを利用される」ことへの抵抗感が強い日本

──金融の未来を考える上での他の課題は何でしょうか。

2つ目の課題はデータの活用でコンセンサスが得られるかどうかです。JR東日本が集計データを販売しようとして、反発を受けてできなかったことがありました。日本はプライバシーに対する警戒感が非常に強い。

アリババなどはeコマースで得たデータを他のサービスに活用しています。中国と同じようにという訳ではないですが、日本でもデータの活用は必要です。たとえば「個別の人が特定できなければよい」といった社会的なコンセンサスの形成が欠かせません。

そして最後の課題は、これからの日本の経済・産業政策との関係で金融をどう考えるか。金融のインフラは将来の経済のパフォーマンスに大きく影響します。どういう経済にするか、産業をどう育成するか。それと金融をどうするか、どういうシステムを構築するかは密接に関係します。

例えば「円」という独立した通貨を維持していくなら、国内だけではなく日本の対外取引にも使ってもらうなど、海外へプロモーションしなければいけない。隣の中国は人民元を使ってもらおうと必死です。通貨を広く使ってもらうこと、プレゼンスを維持することは極めて重要です。Facebookのリブラがあれだけの反対にあったのも、ドルの米国、ユーロの欧州が自分たちの通貨のプレゼンスが下がることが不安だからです。

また、銀行など金融セクターを将来の成長産業ととらえるなら、金融機関にどこまでの事業展開を認めるかも考える必要があります。

──銀行は銀行法で業務範囲が規制されています。

たしかに銀行が事業法人を持つと影響力が大きくなりすぎるという問題は生じます。しかし、今や競争相手は国内の他行ではなく、海外の企業です。日本の産業政策の一環という観点で金融をとらえなければいけません。

以上をまとめて言うと、デジタル決済インフラをどうするか。データの活用をどうするか。それから先行きの経済政策の全体の中で金融システムをどう考えるか──これらが未来の金融を考える上で重要なポイントです。

先進国の中銀がCBDCを出すのはハードルが高い

Ladda Tonglo / Shutterstock.com

──ブロックチェーン、CBDC(中央銀行デジタル通貨)についてはどう考えていらっしゃいますか。

デジタル通貨勉強会の記者会見でも、一番多かった質問がCBDCとの関係や中国のデジタル人民元に関するものでした。CBDCはアイデアとしてはものすごく面白いですが、率直に申し上げて、銀行システムが発達している先進国で銀行券に代わるCBDCを出すのは相当ハードルが高いと思います。

中銀がデジタル通貨を発行すると、民間の銀行からお金が中銀に移ってしまうので、民間銀行が預金を集められなくなって、貸出の原資がなくなるという問題も生じます。

また、中国はなぜアリペイやウィーチャットペイが浸透しているのにデジタル人民元をやろうとしているのかというと、その一つは脱税対策だといわれています。日本でその目的を掲げれば、誰もCBDCなど使わないでしょうね。

──今年はセキュリティトークンが改正金商法で位置づけられました。証券のデジタル化には注目していますが、どう見ていらっしゃいますか?

セキュリティトークンは一つの有望な分野だと思います。セキュリティトークンによる資金調達であるSTO(セキュリティトークンオファリング)については、「ICOからSTOへ」という流れがありますが、これは「ビットコインからリブラへ」という流れとあわせて考えなければいけません。

Facebookのリブラは大きな反対にあいましたが、これはブロックチェーンがいよいよ本当に金融インフラに使われるかもしれないと思われたからです。もしリブラが広がって、ブロックチェーンによって使用に耐えうる金融インフラが作れるということになれば、既存の金融機関にとっては大変なわけです。

ご案内のとおり、ICOは裏付け資産がなくても出せるので、ある意味で出したもの勝ちで、無法地帯化してしまいました。

STもリブラも裏付け資産を持ちます。それが信用力になり信頼性を担保するわけです。だからICO からSTOへ、ビットコインからリブラへという流れはパラレルで考えるべきです。

──セキュリティトークンが実際に使われるようになる上での問題は何でしょうか。本当に利用されるようになるのでしょうか。

一つには、対抗要件の問題があります。対抗要件に関しては立法で手当されていません。この中で、どうやって自分がセキュリティトークンの権利者であると主張するか。その点には問題が残ります。

また、使われるようになるかどうかは、魅力的なSTを作れるかにかかってきます。魅力的な案件ならお金は集まります。発行体を応援したいというクラウドファンディング的なものではなく、プロの投資家の眼鏡にかなうようなものを作らなければマーケットにはならず、広がっていきません。

さらに、日本の現状の決済システムは中央集権的で、株式であればほふりが管理しているわけですが、もしブロックチェーンを使っても、ほふりで管理するより安くて効率的にならなければ利用されません。ブロックチェーンを使うことで、複雑な取引も簡便に安くできるとか、スマートコントラクトを使ってDVP(Delivery Versus Payment、証券の引き渡しと支払いを同時に行うようにすること)が可能になるとか、そういうメリットが生まれるなら、ブロックチェーンが金融でも使われるようになる可能性はあります。

銀行はネットワークのノードになる

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──金融業界、金融機関のあり方が大きく変わっています。これからの金融機関、特に銀行はどうなっていくのでしょうか。

銀行はネットワークの「ノード」になっていくでしょう。銀行って立派な建物があって、壁の内側にカウンター、金庫があって、場所によっては電算センターがあって……そういう場所が銀行だったわけですが、物理的な場所を指して銀行と考える時代ではなくなる。

たとえばテンセントのウィーバンクとか、そもそも電算センターも支店も持っていない。お客さんとの接点はお客さんのスマホとかの端末なわけです。

そしてブロックチェーンがもっと使われるようになれば、そもそも「元帳」という概念もなくなります。銀行などに原本があって、それをコピーするという考え方がなくなりますから。

そうなると銀行の本店という概念も──登記上は必要かもしれませんが──なくなるでしょう。銀行が提供するサービスもすべて銀行がやるわけではなくて、銀行のアプリを開いて貸し出しを頼むと、審査は別の企業が裏側でやる。そういうものを束ねているのが銀行という存在になる。資産運用の相談だって、銀行が自分でせずにロボアドに任せてしまうという手もある。

──ロボアドもまだAIを厳密に言えば使っているとは言い難く、消費者・投資家は自分で判断しなければいけないシーンが増えていると思います。そこで考えるのが、金融教育の不足ですが、日本の金融教育についてはどうお考えですか?

難しい問題です。決まって「若い頃から投資に親しんでもらうべき」というんですが、日本の金融資産のほとんどを高齢者が持っていて、若い人は金融資産をあまり持っていません。

むしろ金融教育を必要としているのは高齢者だし、何歳まで生きたらいくらもらえるから心配しなくてもいいという制度や仕組みとセットにしないと、状況を変えることは難しいでしょう。年金は本質的には寿命という不確実性に対する「保険」なのに、将来のための「貯金」ととらえられがちです。でも、貯金なら若い頃から自分でできるはずで、公的な年金制度なんて要らないことになります。

だから、誰もが「長生きリスク」を心配して現金や預金をため込む状況を避けるには、年金がそもそも何のためにある、どういう制度かを、金融資産を持つ高齢者に理解して頂く必要があるでしょう。

銀行は将来の金融で主役を演じられるのか」

(やまおか・ひろみ)フューチャー株式会社 取締役 フューチャー経済・金融研究所 所長/1986年 日本銀行入行。90年 カリフォルニア大学バークレー校ロースクール卒(LL.M)、米国ニューヨーク州弁護士。2007年 国際通貨基金(IMF)日本理事代理。13年 日本銀行金融市場局長、15年 決済機構局長。この間、バーゼル銀行監督委員会委員、国際決済銀行(BIS)市場委員会委員、同決済・市場インフラ委員会委員など国際機関の要職を歴任。19年 フューチャー株式会社取締役就任。(写真=森口新太郎)

──本書の最後で、「新しい要請に対応した信頼の構築に最も成功した主体が将来の金融においても主役を演じる」と指摘されています。銀行がそうなるにはどうしたらいいのでしょうか。

もしあなたが自分のデータ──家族構成や収入などの個人情報──を誰かに見られるとしたら、誰になら見られていいと思うか。銀行がそういう存在にならなければいけないでしょう。

日本の銀行って、よく批判されているようで実はすごく信頼されている特別な存在です。たとえば銀行窓口で15分待たされると利用者は怒りますが、スマホの契約とか機種変更では何時間も待たされても、そういうものだと思われています。ATMは絶対に動いていなければならず、現金が入っていないなんてほぼあり得ない。これは銀行への期待の裏返しです。

フィンテック企業は、海外では“ディスラプター”(混乱や破壊を起こす者)と呼ばれますが、日本ではどこも銀行と組みたがる。「銀行ビジネスを破壊する」ではなく「銀行のAPI を開放してください」という立場です。それは銀行が信頼されているからです。新たに金融分野に参入するフィンテック企業にとって、一番難しいのは信頼を獲得することで、だから信頼されている銀行と組むことで信頼性を獲得するわけです。

だから日本の銀行は、そうした信頼を維持したまま、データをを集めていく存在になれれば良いと思います。もちろんそこではコンプライアンスを守り、個人データやプライバシーを保護する仕組みが必要ですし、法的なものも含めて課題はいろいろとあるでしょう。

しかし、銀行が将来の金融で主役を演じるためには、そういう存在にならなければいけません。

取材・編集:濱田 優
写真:森口新太郎