中国の香港国家安全維持法を巡って、アメリカの制裁措置と北京の金融システムに対する圧力は、香港の暗号資産(仮想通貨)取引企業に困難な状況をもたらす可能性が出てきた。
米上院は7月2日、香港国家安全維持法に関与した中国当局者との取引を行う銀行に制裁を科す「香港自治法案(Hong Kong Autonomy Act)を可決した。同法案は、香港の外国銀行や米系銀行の子会社が香港の自治侵害に関わった人物や組織と大規模な取引を行った場合、政府はドルへのアクセスを制限すべきと規定している。
法案は具体的な銀行を対象としておらず、制裁の判断基準を示しておらず、制裁は財務長官が決定するとしている。
ドルに依存する香港の暗号資産企業
これは香港の暗号資産企業にも打撃を与えるとの見方が指摘される。特に決済や清算において、米ドルに大きく依存している暗号資産企業に影響を与える可能性があるという。
香港は暗号資産業界にとって、アジアにおける重要な拠点だ。オーケーコイン(OKCoin)やフォビ(Huobi)のような中国本土発祥の大手取引所は、香港にオフィスを構え、中国本土に比べると規制が緩やかな香港で取引サービスを提供している。
「香港で最も成功している暗号資産企業は米ドルシステムへのアクセスに依存している。アクセスを少しでも失うと困った状況になる」と香港ビットコイン協会のレオ・ウィース(Leo Weese)会長は語った。
投資家と暗号資産取引企業との間の取引は、ドルを使って銀行で決済・清算されるため、ドルへのアクセスは大規模な暗号資産取引企業にとって重要だ。
OTCデスクへの影響
「アジアもアメリカの銀行システムにある程度、依存している」と語るのは、香港最大手の相対取引(OTC)デスク、ジェネシス・ブロック(Genesis Block)のヘッドトレーダー、チャールズ・ヤン(Charles Yang)氏。
取引が市場価格に基づく暗号資産取引所とは異なり、OTCデスクではブローカーはトレーダーが取引相手を見つけることをサポートする。
アジアに拠点を置くほとんどのOTCデスクにとって、アメリカの取引相手に簡単に送金できなければ、取引に多くの時間がかかり、取引高は大幅に減少することになるとヤン氏は話す。
「アメリカの政策からこれ以上の摩擦があれば、我々のビジネスに極めて大きなダメージを及ぼす可能性がある」
投資を集める香港
香港証券先物委員会(SFC:Securities and Futures Commission)は昨年11月、デジタル資産取引サービス提供者に明確な規制フレームワークを提供するため、ライセンス申請の受付を開始した。
世界規模で展開する投資企業も香港を拠点とする暗号資産企業に狙いを定めている。
香港で取引仲介とカストディサービスを展開する大手取引所「OSL」は、フィデリティ・インターナショナルから株式取得を通じて1400万ドルの出資を受けた。
取引や融資など幅広い金融サービスを提供するスタートアップ企業のAmber Groupは、コインベースベンチャーズ(Coinbase Ventures)やポリチェーンキャピタル(Polychain Capital)などのアメリカに拠点を置く投資家から、シリーズAの資金調達ラウンドで2800万ドルを調達した。
2つのシナリオ
アメリカ政府が香港に対してどのような制裁を科すのかはまだわからない。しかし、2つのシナリオが考えられるとヤン氏は述べた。
1つ目は、24時間365日の即時決済サービスを提供しているシルバーゲート(Silvergate)やシグネチャー(Signature)のような暗号資産に積極的な銀行に対して、アメリカ政府は送金額や送金場所を制限し、香港への送金に対するハードルが高くなる可能性がある。
また取引企業は香港からアメリカへの送金でも困難に直面する可能性がある。例えば、こうした企業の多くは、中国本土最大の国有商業銀行の1つ、交通銀行(Bank of Communications)を利用している。同行が制裁を受けた場合、暗号資産取引企業はアメリカの銀行口座への送金ができなくなる。
2つ目は、精査が厳しくなることで取引時間が長くなること。
「銀行は香港関連の取引により頻繁にフラグを立てるようになり、取引を保留してコンプライアンス上の照会を行うようになるだろう。数日かかるかもしれず、大きなハードルになる」(ヤン氏)
「仮に香港、ロンドン、アメリカの間の送金がブロックされたり、よりコストがかかるようになれば、香港のブローカーは効率的なサービス提供が不可能になり、香港にいる必要性がなくなってしまう」(ウィース氏)
法案発効後の動き
大統領が署名した後、法案に基づいてマイク・ポンペオ国務長官が90日以内に抗議活動の取り締まりなど反民主主義的活動に関与する中国当局者や外国人を特定し、議会に報告することになる。
その後、財務長官が60日以内にこれらの人物と「大規模な取引」を行っている外国機関のリストを提出する。
「法案が発効すれば、香港の銀行間の送金はより多くの監視に直面し、新たな制裁のために凍結されるリスクがある」と米中のクロスボーダー取引に注力した暗号資産融資企業Definerのジェイソン・ウー(Jason Wu)CEOは述べた。
一部の投資家は現金あるいは対面取引で取引できるが、多くの暗号資産投資家、特に数百万ドルの大規模取引を行う場合は、香港の金融当局によるアンチマネーロンダリング(AML)と顧客確認(KYC)規制を遵守するために取引企業に登録しなければならないとウー氏は述べた。
「香港の銀行で多額の送金が行われた場合、中国とアメリカの双方の金融規制当局に警告を発することになるだろう」
ウー氏によると、アメリカと香港間の送金は、法案成立以前からすでに厳しい監視に直面していた。
2019年3月に騒動が始まって以来、香港在住者は海外の銀行口座への送金を試みている。中国政府もアメリカ政府もこうした送金を厳しく監視しているとウー氏は述べた。
香港の金融システムの未来は?
中国政府が香港の自治権を弱体化しているなか、香港の金融・経済における特権的立場を解体しようとするアメリカの試みはこの法案だけではない。アメリカ政府は中国政府当局者のビザ制限を発表。香港に認めている貿易や渡航の優遇措置の廃止に向けて動いている。
「今のところ、香港の金融システムに干渉し、企業を撤退させる意図はないと考えているが、もちろん事態はすぐに変わる可能性がある」とウィース氏は香港国家安全維持法について語った。
「中国政府もアメリカ政府も香港の金融システムに影響を及ぼす具体的な措置については明らかにしていない。極端なケースでは、香港は中国本土の都市と同じになり、送金はきわめて困難になる」(ウー氏)
中国本土で送金する場合、国家外貨管理局(SAFE)のような金融当局の精査を受けるなど、多くの制限があり、送金は困難になる。現状、香港は国際決済システムに入っているため、送金ははるかに簡単だ。
中国本土では、銀行は暗号資産に関連した取引を行うことは制限されており、ほとんどの投資家はサードパーティ製決済アプリを備えたOTCデスクが提供するピアツーピア(P2P)取引サービスを利用している。
「通常このような状況では、市場には大きなスプレッド(売値と買値の差)が存在し続け、さまざまな個人や小規模な取引企業がサービスを提供している。少なくとも他の場所では、そうした状況になっている」(ウー氏)
大規模な取引企業は、100万ドル、1000万ドル相当のビットコインを効率的に売買できる場所にしか存在し得ないとウー氏は述べた。
翻訳:CoinDesk Japan編集部
編集:増田隆幸、佐藤茂
画像:Shutterstock
原文:Hong Kong’s National Security Law Could Threaten Local Crypto Brokerages