2020年5月に施行された改正金商法で「電子記録移転権利」が位置づけられ、今後、セキュリティトークンを活用した資金調達STO(セキュリティトークン・オファリング)の案件が生まれると見られる。これからの分野だけに事例がなく、かつ関連する書籍も少ないため、詳しく知りたくても事例から学べない状況だ。
こうした中、本柳祐介弁護士(西村あさひ法律事務所)が『STOの法務と実務Q&A』(商事法務)を上梓した。著者に刊行の狙いや今後のセキュリティトークン、STOについて注視しておきたいポイントについて訊いた。
セキュリティトークンをめぐる議論が「空中戦」だった理由
セキュリティトークンについて定めた改正金融商品取引法の法案が可決・成立したのは、施行から遡ること1年、2019年5月のことだ。この改正のポイントは、セキュリティトークンを意図する電子記録移転権利が定められたことのほか、▽仮想通貨という名称の「暗号資産」への変更▽暗号資産交換業への規制強化▽暗号資産デリバティブ取引に対する規制導入──だろう。
昨年成立した改正法では、セキュリティトークンが厳しい開示規制が課される“1項有価証券”扱いになることが明記されたものの、条文で「流通性その他の事情を勘案して内閣府令で定める」トークンについては適用除外で、より規制のゆるい2項有価証券扱いになるとされた。このため、可決後には内閣府令がどのような内容になるかが注目された。そして2020年1月14日には、具体的な内容を定めた政省令案・内閣府令案などが公開され、パブリックコメントも募集された。パブコメの内容は5月1日の施行日を目前に控えた4月に慌ただしくも公開されている。
ここまでの流れを踏まえ、著者の本柳氏は「府令案が出るのもパブコメ結果が出るのも遅い中で、実務に必要な法令の内容を整理するのは大変だった」と振り返り、改正法施行までの業界内での議論を“空中戦”にたとえた。関係者がそれぞれの立場から「セキュリティトークンかくあるべし」という発言をし、議論の焦点が定まらない状態を指してのことだろうが、なぜ空中戦とたとえたかを問うと、本柳氏はこう解説した。
「(まだ生まれていない)セキュリティトークンについて、立場によって人それぞれ考えることが違っていたからです。数年前にブームになったICOを念頭にSTOをICOの発展型として位置づけたい人もいれば、金商法の『電子記録移転権利』を出発点として考える人もいる。さらには株式や社債などの典型的な有価証券をトークン化したい(ので、そのためにはどういう位置づけにすればいいか)と考える人たちもいて、そういう違った背景や立場からそれぞれが自説を展開する状況が、“空中戦”のような状態だった」
金融機関は期待、しかし発行体となるべき企業がためらっている
法案が可決されてから施行されるまでの間──2019年から20年はじめにかけて──、大手金融グループがセキュリティトークンに関する取り組みを次々に発表した。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、傘下の信託銀行を中心にデジタル証券基盤「プログマ(progmat)」を開発。野村ホールディングスは19年11月に子会社ブーストリーを設立。2020年3月には野村證券と野村総合研究所(NRI)が、国内では初となるブロックチェーンの基盤(ibet)を使ってデジタル債券を発行(起債総額3000万円)。みずほフィナンシャルグループ(FG)も20年2月から3月にかけて、傘下のみずほ銀行とみずほ証券、みずほ情報総研のほか、ヤマダ電機、ファミリーマートなどと共に個人向けデジタル社債の実証実験を行なった。
このほかにも金融グループが国内外で取り組みを見せているが、聞こえてきたのはプラットフォーム側の動きだけ。プラットフォームを活用してセキュリティトークンを発行したいという動きは見えてこない。本柳氏はこう分析する。
「この半年くらいを振り返ると、改正法が成立して『セキュリティトークンって何だか良さそうだ』と思って、事業者が発行を検討してみた。その過程で、『ここまでコストをかけてやるメリットがある取り組みなのか?』と気づき、躊躇している──といったところではないでしょうか。新しい取り組みだけに、事業者にとっては明確に『新しい投資家を呼び込める』といった新しいメリットが見えないと、踏み出せないのではないでしょうか。金融機関の側は大きな期待を寄せていると思いますが、(発行体になり得る企業の)勢いは若干、弱まっているように感じます」
前述したように、野村證券などがブロックチェーン基盤を使って発行したのは社債。みずほFGが実証実験をしたのも社債だ。社債とともに取り組みが報じられているのが不動産だ。具体的にそれなりの額のSTOが生まれ、セキュリティトークンのマーケットが生まれるとしたら、まず社債や不動産とされている。
「業界として一番やりたいことは、株式のトークン化でしょう。株式の発行や流通の管理をブロックチェーンですると楽になるというのが、この構想にある大きな夢といえます。ただ日本には振替法(社債、株式等の振替に関する法律)、株式等振替制度というものがあって、株券はほふり(証券保管振替機構)が管理していて、実のところ関係者みんなが期待したいところと現状の法制度と完全に食い違っている」
株式の発行は現行の制度もあってすぐには難しそうという見立てが、まず社債や不動産を、という動きにつながっているのだろう。
ではそうした取り組みについての相談はどのくらいあるのだろうか。
「事務所にはそれなりに相談はいただいていますが、突破力のありそうなものは限られます」と本柳氏は話す。氏がいうその“突破力”とは、本質的にブロックチェーンを使って管理する意味があるかどうかということのようだ。その例がまさにビットコインのような使い方。ビットコインはパブリックなブロックチェーンで管理されたからこそ、広く支持され、あらゆる変化を生み出した。
だがブロックチェーンはいうなれば、単なる帳簿。改ざんできないといった特徴はあるものの、単にセキュリティトークンを発行するだけ、帳簿として使うなら、ビットコインが想定したような、本質的な意味でのブロックチェーンの使い方を必要としない。たとえばプライベートチェーンでもいいだろうし、もしかしたらブロックチェーンである必要すらないかもしれない。そもそも金商法ではブロックチェーンを使うこと自体は定められてない。
だが新しく生まれたセキュリティトークン、そしてSTOに関係者が求めているものは、単に「ブロックチェーンを使う」ということではないはずだ。ブロックチェーンが持つ可能性をビットコインの事例のように引き出すことであり、ブロックチェーンでトークンを管理することに本質的な意味があるプロジェクトを生むこと。それらを経て、業界や社会が抱えている問題を解決することではないだろうか。
STOが盛り上がるために必要なこと
生まれたばかりのセキュリティトークン、そしてSTOが、今後盛り上がるには何が必要なのだろうか。
本柳氏は「投資家にとって魅力的な案件が生まれることです。さらに理想的なのは、ICOブームの頃に積極的にお金を投じていた仮想通貨界隈の人たちが投資したくなるような仕組みが生まれることではないでしょうか」と話す。そして、「彼らにとっての魅力は成功した場合のリターンの大きさ。これはボラティリティの高さともいえるが、そうしたお金が入るようになれば、ICOブームの時のようにリターンを期待して多くの資金が流入し、大きく盛り上がる可能性がある」と付け加える。
そしてセキュリティトークン、STO普及の大きなハードルとされるのがセカンダリーマーケットの誕生だ。この点について本柳氏はこう解説する。
「考えられるのは、金融商品取引所を作るか、PTS(私設取引システム)を作るかです。金融商品取引所の設置には極めて厳格な要件が設けられていて、免許を取るのは相当ハードルが高いので、PTSの認可を受けるのが現実的な選択肢ではないでしょうか。たしかに、『多くの投資家が参加できない』などの要件を満たせば、金融商品市場にもPTSにも該当せず、『媒介』として金融商品取引業者の登録をすれば済みますが、ボリュームがそれなりに生まれればPTSの認可が必要です。ただPTSも他の金融商品取引業よりも厳格な規制を受けます。また、現状でもPTS自体は存在しますが、上場しているものだけ扱っており、また、協会ルールによって非上場株式の投資勧誘が原則として禁止されていますから、STOについてセカンダリーマーケットを作るには相当のハードルがあるでしょう」
図らずもSTOを取り組むことになるケースも考えられる
こうした課題を乗り越えて、セキュリティトークンの活用、STO案件は誕生していくのだろうか。
本柳氏は「ブロックチェーンもトークンも技術であり仕組みに過ぎません。もともと紙だった有価証券について紙が発行されなくなった、その延長線上でブロックチェーンを使い、有価証券の発行と管理を非中央集権の仕組みで取り扱うということは、技術の選択としてあっていいと思います。サーバーのコストや安定性などを検討の上で、仕組みとして選ばれればいい」とした上で、セキュリティトークンに関心を持っている企業担当者に知っておいて欲しいこととして、こう注意を促す。
「セキュリティトークンが金商法で定められた電子記録移転権利であるということだけ知っているといったように、狭義のSTOについてしか理解していないと、持っている資産をブロックチェーンで管理しようとした場合に、図らずもセキュリティトークンオファリングをしていることになる。すると、金商法が求める規制をクリアーすべきなのにしていなかった、というような事態になることが考えられます」
たとえば、収益を生む不動産を持つ企業などが「セキュリティトークンオファリングをしよう」と考えていなくても、資産をブロックチェーンで管理・運営をしようとして、意図せずSTOをしているということになってしまい、金商法が求める規制の遵守が必要になるということだ。短期的にSTOに取り組む考えがない企業であっても、金商法の定めと、今後生じ得る実務についてはおさえておいたほうがいいだろう。
全12章、87のQ&Aで構成された新刊『STOの法務と実務Q&A』
この点、新刊『STOの法務と実務』は、セキュリティトークンやSTOそのものだけでなく、これに関連する法務の説明も詳しい。
構成としては、「トークンの法的位置付け」から始まり、「STOに関する開示規制」「セキュリティ・トークンの売買に関する業者規制」や「有価証券届出書の作成・提出」「クロスボーダー取引」など全12章からなる。タイトルにあるようにQ&A形式で、全87問について、質問―解答―解説の順で掲載されている。たとえばこのような質問が並んでいる。
・「セキュリティ・トークンとは何ですか。セキュリテイ・トークンオファリング(STO)とは何ですか」
・「電子機器録移転権利はどのような規制を受けますか」
・「どのような場合にSTOが金商法の開示規制の対象となりますか」「第一項有価証券の少人数私募の要件を教えて下さい」
・「投資型クラウドファンディングとしてSTOを行うことはできますか」
・「セキュリティ・トークンについて大量保有報告制度は適用されますか」「他者の資金をトークンに投資する行為は投資運用業に該当しますか。トークンへの投資に関する助言行員は投資助言・代理業に該当しますか」
・「セキュリティ・トークンについて風説の流布等はどのように禁止されますか」
本柳氏は、「本書はタイトルにSTOとつけていますが、内容の半分以上を割いて、電子記録移転権利以外の説明をしています。STOについて狭い内容ではなく、金商法の証券発行に関する実務全体が理解していただけると思います」と説明。そして、こう締めくくった。
「実際、上司から『我が社もセキュリティトークンについて研究しよう』『うちも何かできないのか』と言われて、STOに取り組もうとしている方もいらっしゃると思います。そうした方にも役立てていただけると思う。実際、STOをやるメリットやコストなどを計算して、『STOって意外と使えるな』と思われて、実際の案件につながればいいなと思っています」
取材・構成:濱田 優
画像:Shutterstock.com