ブロックチェーン分野の先駆的な企業や団体が進出、クリプトバレーが形成されている国・スイスの技術動向やビジネス導入をテーマにしたオンラインセミナー「ブロックチェーン先進国・スイスの最新技術動向とビジネス導入に迫る」が7月28日夕、オンラインで行われた。
主催は在日スイス大使館で、現地などで事業を展開している企業経営者らが、自身の体験をもとに、スイスで起業することのメリットや法人を設立する際の注意点のほか、スイスのスタートアップのビジネスモデルなどを紹介。CoinDesk Japan編集長の佐藤茂もスピーカーとして参加した。
欧州で最も労働時間の長い国
セミナーでは冒頭、在日スイス大使館 スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部長の松田俊宏氏が「スイスでのイノベーション環境と事業設立のメリット」と題して、スイスの情報やビジネス面での魅力を話した。
九州ほどの面積で人口はわずか833万人(そのうち25%が外国籍)というスイス。松田氏は、ビジネス進出するメリットとして、人材の競争力が高いこと、永世中立国で政治が安定していること、欧州の中で最も労働時間が長い(約1900時間にもかかわらず、採用面では解雇の柔軟性も高いこと──などを挙げた。
さらに最近ではツーク中心にクリプトバレーが形成されており、業界団体加盟社数は800以上超えるなど活況を呈していること、SIX Digital Exchangeなど先進的な公共インフラが整っており、「クリプトネーション」を掲げるほどであることなどを紹介した。
ロケーションフリー・ハイパーコネクトな時代におけるスイスの魅力
セールスフォース、Googleなどを経て起業、現在はベルリンを拠点に活動しているSWATLab Co Founderの矢野圭一郎氏は「欧州のブロックチェーン概況とスイス」のテーマで講演した。
矢野氏はまず、働き方や住む場所が都会だけでなくなってきている状況について、新型コロナウイルスの影響だけではないと分析。MITメディア・ラボ研究員の記事を紹介しながら、オンラインコミュニケーションが進化し、国際的な異動が容易になると「グローバルハブが不要になる」とした上で、今まさに「ハイパーコネクトな世界になっている。田舎にいても都会にいるのと同じくらい情報得られるようになっている」と指摘した。
さらに世界のイノベーションセンターが分散化し、シリコンバレーだけでなくなってきていると指摘。イグジットする企業がシリコンバレー以外からも多く生まれているとして、ドイツとスイスの例を紹介した。
日本人が海外で起業する際の成功パターンと課題
ロケーションフリーな時代の課題として、自身の経験から「ファイナンス」を挙げた。そして、起業家としてゼロから海外で事業を立ち上げた日本人の成功パターンは「人材ビジネスか、士業か、飲食ビジネスのほぼ3つしかない。ITでの成功例はほとんどない」と分析。その理由は「ファイナンスできない」からで、すぐにキャッシュを生むPL型のビジネスをせざるを得ないと解説した。
これからのニューノーマル時代のビジネスハブとしてのスイスの魅力として、「他の欧州諸国より法人税などが低いこと」「IMDなどトップランク教育機関があること」「IT/ブロックチェーンではツーク、ファイナスではチューリヒにトップランクの人材が集まっている」「マルタやジブラルタルなど(税の低い)他の国よりも国際信用性が高いこと」などを挙げた。
ツークにブロックチェーン企業が集まった理由
ツークにブロックチェーン企業が集まる理由にも言及。ツーク州が古くからタックスヘイブンで、キャピタルゲイン税のみで所得税がなく、税率がスイスの州の中でも特に低いこと。チューリヒ空港からも遠くなくアクセスがいいこと。こうした背景もあって、イーサリアム財団、カルダノ財団、テゾス財団、リスク、ディフィニティー、中国暗号通貨マイニング大手ビットメインなど、業界の大手が拠点を構えたため、クリプト業界の資金とネットワークが集まりやすい環境となったと紹介した。
またスタートアップ視点でスイスで法人設立を検討する際のポイントも紹介。メリットには、政治的中立性やアクセスの良さ、高度テクノロジー人材へのアクセス、EU外であるため技術規制に対して柔軟なことを挙げた一方、懸念点を「維持費の高さ」とした。
スイスのブロックチェーン企業の事例を紹介
セミナーではまた、スイスと日本で活動するアカデミック・シンクタンクSEYMOUR INSTITUTEの創立者であり、ディレクターの太田真氏も講演。「ブロックチェーン技術を用いたスイスでの拠点設立経験談およびスイス企業との協業について」と題して話した。
SEYMOUR INSTITUTEは、日本企業のスイス事業進出支援、スイスと日本の産学連携支援、日本の大学でのスイス企業・研究員が講師を務める教育プログラムの提供などを行っている。活動領域とその割合は、ブロックチェーンが40%、AI・データサイエンスと、ホスピタリティのイノベーションがそれぞれ20%、デジタル通貨などが15%、ヘルスケア・バイオメトリクスが5%だという。
太田氏はスイスのスタートアップ、ブロックチェーンビジネスについて紹介。その中で、2018年に自社株をトークン化し、株式の5%を売却(215万ドル)したMt Pelerinに触れた。同社は2019年度の株主総会をウォレットで議決権行使、スマートコントラクトを実装したブロックチェーンを活用して実施したという。今後はスイスの銀行業ライセンスを取得する予定で、銀行資産をブロックチェーンでトークン化し、セカンダリーマーケットで交換・売買などの取引ができるようにして流動性の課題を解決する構想だという。
このほか、スーパーカー・希少価値コレクションを扱っているCurioInvestのビジネスモデルも紹介。クラウドファンディングで資金調達し、成功すれば車両を取得し、車両の価値をあらわすセキュリティトークンを発行するもの。このトークンはピアツーピアで取引できるほか、車両の価値が上がると利益が共有される権利があり、車両が売却されるとトークン保有者は売却代金からコスト・手数料を引いた分配金を受け取れる仕組みだという。
コインデスク編集長もブロックチェーン環境のトレンドについて講演
セミナーではこのほか、CoinDesk Japanの佐藤茂編集長が「日本・世界のブロックチェーン環境のトレンド」のテーマで講演。JPモルガンのブロックチェーン予測から始まり、Facebookリブラ構想、中国やシンガポール、タイなどのデジタル通貨をはじめとするブロックチェーン関連の動きを網羅的に紹介。2020年を「デジタル化が加速する1年」とした上で、注目すべきポイントとして、中央銀行デジタル通貨(CBDC)、送金/決済、デジタル証券(セキュリティトークン)などを挙げた。
QAセッションでは、会場から「ブロックチェーンは個人情報保護に向かないのではないか」「中国・深センの状況はどうか」「スイスにおけるGDPR準拠の状況はどうか」「欧州における一次産業のブロックチェーン活用の事例はないか」「リブラはどうなると思うか」といった質問が寄せられ、スピーカーがそれぞれに返答した。
最後には在日スイス大使館で、スイスの貿易投資促進機関の日本拠点であるスイス・ビジネス・ハブを統括するクラウディオ・マツケリ氏があいさつし、スイスへでの起業やビジネス展開を呼びかけた。
文・編集:濱田 優
画像:lynx_v / Shutterstock.com