貿易はアナログな世界で、金融と決済はいまだに紙が主流だが、改革の動きは出てきている。ブロックチェーン技術も採用されつつあり、その代表格はシンガポールの企業が開発したコンツアー(Contour)というプラットフォーム。これに対し、中国では「跨境金融区塊鏈服務平台」という官製ブロックチェーンプラットフォームの利用が拡大している。
複数誕生したコンソーシアムの中で注目されるコンツアー(Contour)とは
貿易取引では、輸入者が輸出者に対して発行する信用状(LC)が決済に用いられる。間に銀行が入り、「払ったのに届かない」「届けたのに払ってもらえない」というリスクを抑えるのに役に立つが、処理と決済に10日は必要とされている。そこでブロックチェーンを活用して取引をデジタル化すれば、日数はかからない。
また、貿易に関わるプロセスは膨大で、たとえば1つのコンテナを海上輸送するために36種類、計240ページの書類に対し、27人の関係者が介在するとされている。そうしたプロセスの効率化にもブロックチェーンは有用とされており、ブロックチェーンが貿易金融に活用される事例が誕生している。
2018年ごろから複数のブロックチェーンコンソーシアムが立ち上がっている。マルコポーロ、Komgo、Batavia(バタビア)、We,Trade(ウィ-トレード)、HKTFP(The Hong Kong Trade Finance Platform)などが生まれたが、中でもコルダ(Corda)を利用したブロックチェーン貿易プラットフォームのコンツアーへの注目が高まっている。
コンツアーは同名のシンガポール企業が開発したもの。もともとはVoltronという名称だった。BNPパリバ、HSBC、ING、スタンダードチャータード銀行、DBS銀行などが参加している。日本からも三井住友銀行が参加を表明している。
注目されている背景には、2018年に米国穀物メジャー、カーギル社と先行実験を行ったこと、2019年の実証実験に参加した企業(50社)からの評価が高いことなどがある。商用バージョンの正式ローンチは2020年下半期に予定されている。
中国最大の鉄鋼会社もコンツアーを利用
中国企業がこのコンツアーを利用した例がある。中国最大の鉄鋼会社、宝武鉄鋼の事例だ。
同社は2020年5月、オーストラリアの資源大手リオティントグループと、Contourを利用し、人民元による鉄鉱石取引を初めてペーパーレス化した。中国のWebメディアの報道によると、スウェーデンの貨物輸送SaaS企業Chinsay、英国のデータソリューション企業essDOCS(エスドックス)、シンガポールのDBS銀行、英国スタンダードチャータード銀行などがサポートしている。
官製プラットフォーム「跨境金融区塊鏈服務平台」とは
一方、中国には官製ブロックチェーンプラットフォームがあり、現在の主力となっている。グローバル大企業との実証実験を繰り返すコンツアーとは異なり、地元企業の需要に寄り添い、成長軌道に乗った。
中国の官製貿易ブロックチェーンは、深セン市で2018年9月にスタートした「湾区貿易金融区塊鏈平台」に始まるという。この「湾区」(大湾区ともいう)とは、香港、マカオを含む、深センから広州までの珠江デルタ地帯の大都市群を指す。このプラットフォームは、人民銀行デジタル貨幣研究所と、同行深セン市中心支店が推進し、中国銀行や中国建設銀行など大銀行との連合で実現した。
外国為替管理をする国家外匯管理局は2019年3月末、「跨境金融区塊鏈服務平台」(越境金融ブロックチェーンサービスプラットフォーム)の試験運用を始めた。これには上海市、江蘇省や浙江省など8つの省市と、14の銀行が参加した。
各地方の取り組み活発化、山東省は4ヵ月で1431件
その跨境金融区塊鏈服務平台が最近活気付いている。新たに参加する省市が増加し、全国各地から、成果を示すニュースが届いているのだ。いくつかの事例を見てみよう。
浙江省寧波市……全市の輸出企業の9割カバー
寧波市は、2019年3月にスタートした最初のテスト運用先の1つ。7月末にこれまでの成果を発表しており、プラットフォームが全市の輸出企業の90%をカバー。そして累計1万1000件の業務を処理し、融資総額は17億ドルを超えた。700社が融資の恩恵を受け、その70%は中小企業だったという。
山東省……4ヵ月で13億ドルの輸出関連融資を実行
山東省は2020年2月末、試験運用を開始。省内の銀行がこのプラットフォームを通して、6月末までの4カ月間に実行した輸出関連融資は、265社1431件だった。内訳は人民元建て225件、外貨建て1206件、金額はそれぞれ8.7億元、13億7000万ドルだった。また融資業務は2-3日から30分に短縮し、企業の金融コストダウンに貢献したという(Webメディア大衆網による)。
遼寧省大連市……7月上旬だけで4社に60万ドル融資
大連市は6月末、試験運用に参加。工商銀行、中国銀行、建設銀行、交通銀行の大連支店と地元の大連銀行がこのプラットフォームを利用した貿易金融を行っている。7月上旬だけで、4社の企業に対し、計60万ドルの融資がスピード実行された。交通銀行大連支店は、20社、3000万ドルの融資がすぐに実現する見込みという。
貿易金融でのブロックチェーン活用はより拡大する
新型コロナウイルスは世界経済に大きな影響を与えている。ビジネスや生活のデジタライゼーションを推し進めてもいる。
中国の2020年上半期の輸出総額をみると、7兆7100億元で前年比3%の微減で済んでいる。6月単月の輸出は4.3%増とプラスに転じるなど、大きな影響を受けているようには見えない。
しかし、言うまでもないが貿易は相手があって成り立つもの。特に米中関係は日に日に険悪になっており、その影響は両国間だけに生じるものでもないだろう。コロナ禍、外交問題などが今後の世界の貿易にどんな悪影響を及ぼすのか心配である。
いずれにせよ、コロナ禍の後の新しい時代においては、さまざまな物事をデジタル化、効率化することが求められる。貿易金融におけるブロックチェーンの活用もその流れの中にある。
コンツアーはまだ正式にローンチされたというわけではなく、中国で一般の輸出企業が利用できるのは、地元政府の推奨する跨境金融区塊鏈服務平台しかないが、予定どおりならコンツアーも年内に正式ローンチされ、競合することになる。
この他にもテスラ上海が4月上旬に利用した、上海港に特化した中国系の貿易ブロックチェーンプロジェクトにも注目が集まっている。他のコンソーシアムも黙っていないだろう。健全な競争環境が形成されつつある。ブロックチェーンにより貿易金融がデジタル化、効率化されるのは不可避といえるだろう。
文:高野悠介
編集:濱田 優
画像:Avigator Fortuner, DamienArt, Yurchanka Siarhei / Shutterstock.com