脳科学博士がビットコインにピボット。スイスベンチャー、ウォレットで日本市場拡大へ

スイスのスタートアップで、仮想通貨ハードウェアウォレットを開発するシフト・クリプトセキュリティ(Shift Cryptosecurity)が、日本を中心とするアジア市場での拡大を図る。共同創業者で、脳科学博士から起業家に転身したダグラス・バックム(Douglas Bakkum)氏が、CoinDesk Japanに対し明らかにした。

2015年設立のシフト・クリプトセキュリティは、スマートフォンやノートPCに装着できるハードウェアウォレットのビットボックス(BitBox)を2016年春にリリースし、これまで100カ国以上で販売してきた。同社は、販売体制強化の一環として、日本の金融サービス企業との連携を模索し、東京オフィスの開設も検討する。

仮想通貨取引所をターゲットにしたサイバー攻撃は世界中で後を絶たない。カナダの取引所では、創業者の死亡後に管理されているはずの150億円規模の資産が引き出せない騒動が起きた。暗号資産の保管を第三者に依存せず、個人が管理する(セルフ・カストディ)ためのウォレットの需要は、欧米・アジア市場での増加が期待される。

シンプルなスイスデザインと操作性

「ビットボックス(BitBox)」シフト・クリプトセキュリティのHPより

シフト・クリプトセキュリティが開発したビットボックスは、セキュリティーを重視したシンプルなデザインと操作性が特徴だ。

使い方は、シフト・クリプトセキュリティのデスクトップアプリケーションをダウンロードし、マイクロSDカードが挿入されたビットボックスをUSBポートに接続。アプリを使ってウォレットの名前とデバイスパスワードを作る。

ビットボックスはユーザーの秘密鍵を生成し、SDカードにはバックアップが準備される。この時点でユーザーは自分のウォレットを持ったことになる。アプリ上の「レシーブ(Receive)」タブに表示されたアドレスを選び、ユーザーは保有する仮想通貨をウォレットに送信できる。

パスワードがなければ基本的に、ウォレットとSDカードに保存されたバックアップにアクセスすることはできない。ビットボックスは現在、ビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、ライトコイン(LTC)の3通貨に対応しているが、シフト・クリプトセキュリティは今後さらに利用通貨を増やしていく。

ビットボックスが盗難された場合、仮想通貨は守られるのか?

仮想通貨は、ビットボックスのパスワードが盗まれない限り安全だ。2ウェイ認証を使用すると、ビットボックスが盗難された場合、2つ目のデバイスのスマートフォンがなければ仮想通貨にアクセスすることはできない。

パスワード入力に15回失敗すると、ビットボックスは自動的に全ての“秘密”を消去し、設定はリセットされる。間違ってリセットしてしまった場合は、マイクロSDカードからバックアップをリロードすればウォレットは戻ってくる。

きっかけは東京で目にした新聞記事

シフト・クリプトセキュリティを起業した脳科学博士のバックム氏は、ユニークな経験の持ち主だ。現在42歳の彼は、人口2000人ほどの米ウィスコンシン州の小さな田舎町に生まれ育った。地元のウィスコンシン大学で機械工学を学んだ後、ジョージア工科大学で神経工学の博士号を取得した。

その後、東京大学やヨーロッパの名門・スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)で脳科学を研究し、10年間にわたり脳に没頭する人生を歩んできた。

バックム氏自身の興味を脳科学から暗号資産領域にシフトさせるきっかけとなったのは、日本訪問時に見かけた新聞記事の見出しに躍る「ビットコイン」の文字だったという。

「脳科学で世界を変えることを目標に研究を続けてきたが、ビットコインが新聞のフロントページに出る程に社会が変わってきたことにまず驚いた。興味は探究心に変わっていき、クリプトカレンシーは世界を変える可能性があって、良い意味で個人の力を強くするものだろうと考えるようになった」とバックム氏。

ビットコイン・コア開発者との出会い

ETHで脳科学研究を続けていたバックム氏に、起業に向けた2つ目の大きなきっかけが訪れる。ビットコインの世界で最も信頼される人物の一人として知られるコア開発者の一人、ヨナス・シュネリ(Jonas Schnelli)氏との出会いだ。

「まったく偶然だった。スイスのとある町で会い、意気投合した」とバックム氏を語る。「当時は仮想通貨を守るデバイスと言いながらも、不完全で詐欺まがいの物が多く出回っていたから、逆に僕たちにとってはそれが起業する自信につながった」

バックム氏とシュネリ氏の2人の共同創業者は2015年にシフト・クリプトセキュリティを設立した後、スイス証券取引所シックス(SIX)が主催したアクセラレーター・プログラムや、ヨーロッパ各所で開かれた業界イベントに参加し、ビットボックスの開発を進めるためのヒントと資金調達の手段を模索した。

シードラウンドの資金は、ブロックチェーンや仮想通貨領域のスタートアップに投資を行う米ポリチェーン・キャピタルや、デジタルガレージと大和証券が運営するDG Lab Fund、取引所のシックスなどから調達することができた。

サイバー攻撃による仮想通貨の盗難は、国連安全保障理事会が報告書をまとめる程、世界的な問題になっている。バックム氏はこう話す。

「まるで猫がネズミを追い続けるかのようだ。セキュリティーの弱いところを探して、攻撃が繰り返してくる。サイバー攻撃に対する恐怖を安心に変えられるセキュリティを開発すること。そして、それを続けることが大切だ思っている」

インタビュー・文:佐藤茂
編集:浦上早苗
写真:多田圭佑