『アフターデジタル』『ネットビジネス進化論』など数々の著書を持つ尾原和啓氏と、ブロックチェーン技術の実装化を事業とするLayerXの代表の福島良典氏が、ブロックチェーンが社会やビジネスにもたらす影響や可能性について語りあうイベント「ブロックチェーン進化論──ネットビジネスの大変動」が2020年7月9日、開催された。
ブロックチェーンのビジネスコミュニティ「btokyo members」が主催、CoinDesk Japanがメディアパートナーを務めたこのイベントをレポートする。
なお本イベントの動画は会員登録の上で同サイトで無料視聴が可能だ。
福島氏「トラブルがプログラムで解決できる時代がくる」
ブロックチェーンは最初、ビットコインを支える技術として登場したが、今やその枠組みを超え、世界中がブロックチェーンに注目している。尾原氏は、インターネット世界のあり方に言及したうえで、ブロックチェーンの可能性について語った。
インターネットは、時間や場所を超えて情報をつなぐことができる。そのコストはほぼ0円で、情報を持つ者・持たざる者の上下関係は生まれない。
しかし、コストがかからないがゆえに、情報が簡単にコピーされ、共有されるという現象が起こる。コピーできるということでは偽造可能ということでもあり、真偽を証明する手立てもない。このことから、コピーされては困る有限資産をインターネット上で取り扱うのは難しいという問題点があった。
そこでブロックチェーンを活用すれば、偽造を限りなく困難にし、取引の詳細な履歴を記録に残すことが可能だ。コピーできない有限資産を、時間と場所を超えて取引コスト0円で移動させられるようになる。尾原氏は、インターネット世界の在り方とブロックチェーン技術の可能性を踏まえ、「インターネットとブロックチェーンは相性がいい」と話した。
福島氏は、「インターネット上に電子証拠を残せる技術がブロックチェーン」だと端的に表現する。トラブルが起きるのは証拠がないからだ。証拠さえあれば、解決できるトラブルは多い。
インターネットを一つの世界に例えると、ブロックチェーンは「公証役場」のようなものだという。公証役場とは、公証人立ち合いのもと、契約書等を法的な効力が高い公文書として作成できる役所だ。公正証書の内容は公証人がチェックすることに加え、原本を公証役場に保管してくれることから、紛失の心配もない。
インターネット世界に公証役場ともいえるブロックチェーンが登場すれば、今後はトラブルがプログラムで解決できる時代がくると福島氏は語る。
ブロックチェーンが規制や制度とセットで語られる理由
それにしても、インターネットが登場した当時と比べ、ブロックチェーンの登場においては、しきりと「規制」「制度」が叫ばれる。その理由はなんなのか。
尾原氏は、「インターネットとブロックチェーンはそもそも生い立ちが違う」と説明した。
コピーが簡単なインターネットは、ビジネスにおいてもフリーミアム的発想になりやすい。「基本無料」で提供し、さらに高機能なものに料金を設定するというビジネスモデルだ。
一方ブロックチェーンは、コピーできない有限資産を取り扱う上で役立つ技術だ。そのため、規制とセットで考えていかなければならない。
ブロックチェーンが具体的に活用できる領域とは
インターネット世界におけるブロックチェーンの存在価値は分かったが、具体的にブロックチェーンを活用できるのは、どのような領域なのか。
インターネットがなかった時代、何かを調べようとすると図書館に行ったり、資料を取り寄せたりといったような“物理的な行動”が必要だった。また欲しい情報を得るまでに数年かかることもあった。
福島氏はこうした点を踏まえ、「やや誇張した表現にはなりますが、証券取引や不動産契約は、まだ似たような状況下にあるんです」と指摘した。
有価証券、上場企業の株式などは証券保管振替機構という決済照合システムのデータが正しいソースとされてきた。しかし上場にはコストがかかる。ほとんどの証券は取引所に上場されていない。それでは非上場の証券がどこにあるかというと、いまだに紙やエクセル上に存在している。
そこで、ブロックチェーン技術を活用すれば、低い取引コストでデジタル保存が可能になる。また取引の真正性が担保されることで、セカンダリー市場に流通する可能性が広がる。これによって、証券取引や不動産契約は大きな変革を迎えると福島氏はみている。
ただ現状では法整備が追い付いていない。2020年5月には、改正された金商法や資金決済法が施行され、分散台帳に記録された権利を証券として認められた(セキュリティトークン)。これは大きな進歩だが、当事者以外が権利関係を第三者に主張する「第三者対抗要件」を規定するのは、あくまで民法だ。民法が改正されていない以上、結局は公証役場でタイムスタンプを押してもらわなければならない。技術的な解決手段はあるものの、法律ごとの整合性がとれていない現状は、社会的にも混乱を招いていると言える。
保険や遺言でのブロックチェーン・スマートコントラクトの有用性
保険もまた、ブロックチェーンによって大きな変容が見込める領域だ。既にに中国ではブロックチェーンによる商用化が進んでいるという。たとえば自動車事故が起きたら、スマホで写真を撮影して保険会社に送る。保険会社は画像を自動で解析し、契約データベースと照合し、保険金額を算出してアリペイやウィーチャットペイで支払われる。このように、保険事故が起きた時の対応は、完全に自動化されているのだ。
ひるがえって日本の生命保険会社では、クレーム対応だけで年間100億円単位の人件費がかかっている。これをブロックチェーンによって削減できるとしたら、保険商品は大きく姿を変えるだろう。
尾原氏は、これまでの保険は「死亡」「がん」など“大きなブロック”に対応した商品がほとんどだったと語る。しかし今後は、スマートコントラクトでプログラム化されることで、“より粒度の細かい”保険商品が出てくると予測する。
リスクの算定コストが下がれば、「台風がきたら」「飛行機が遅れたら」といった小さなリスクに対しても、保険で備えることができるようになる。もちろん、支払まですべて自動で行われる。
遺言書もブロックチェーン技術と親和性の高い分野だ。遺言書はそもそも、真正性の証明が難しい。遺言書を隠したり、筆跡を偽造したりといった事件は実際に起きている。そのため、現状では高いコストを支払ってでも、信託銀行に委ねる人が多い。
しかしブロックチェーンで自動化すれば、次のようなことが可能になる。資産を持つ人は、生前に死後の資産配分について事前登録しておく。通常ケースに加え、認知していなかった隠し子が発覚した場合など、判定基準を分化させて資産配分を指定することも可能だ。そして、心臓につけたセンサーが一定期間停止し、死亡が確認されたら、自動で資産配分がなされるようプログラミングしておく……。こうすれば、何も手続きしなくても、死後に自動的に資産が遺族へと配分されることになる。
尾原氏は「ブロックチェーンが私たちにもたらす第一段階のメリットは、トラブルがすべてプログラマバブルになって、コストが安くなること」だと語る。その上で、現在の延長線上ともいえる第一段階にばかり目を向けるのは、ブロックチェーンの可能性をないがしろにする行為だと注意を促す。
第一段階で取引コストが下がれば、まずマーケットのすそ野が広がる。すそ野が広がって参入するプレイヤーが増えるのが第二段階。それによってカオスになり、イノベーションが起きるのが第三段階だ。
ブロックチェーンが起こす“下剋上”
かつてYahoo!はサイト単位で登録し、検索結果を表示していた。そのため、大手のサイトに権力が集中する現象が起きた。しかしGoogleは、ページごとにクローリングする手法をとった。これによって、1つでもいいページを作れば、戦いの土俵に上がれるという下克上が起きた。ブロックチェーンでも、こういった下克上が起きる可能性は十分にある。
取引コストが下がることは、単に財布にやさしいという以上の結果をもたらす。たとえば、メルカリの登場によって、使わずじまいだったグッチの口紅をセカンダリー市場で売る人が現れた。有効活用されていなかった有限資産が使われるようになり、回転率が上がったのだ。
このように、取引コストが高いがゆえに流動化せずに眠っていた有限資産が、今後はどんどんセカンダリー市場に出回り、循環するようになる可能性がある。1万円の洋服を買いたいと思った時、それを8,000円で購入してくれる誰かがいれば、実質負担は2,000円ですむ。8,000円で購入した相手は、6,000円で購入してくれる相手を探せばいい。
こうして疑念なくあらゆるものが流動しつながる状況が生まれれば、社会は大きな変革を迎えるだろう。
尾原氏は、「金融とブロックチェーン、トラブルとブロックチェーンという切り口はたしかにビジネスを生むが、ブロックチェーンの真価はそこではない」と語る。
今、有限資産ではないものを有限資産化することにこそ、大きな可能性が秘められている。ワインも茶道も希少性が巨大ビジネスを生んだ。ブロックチェーンにおいても、市場のルールが整っていない中、有限資産ではないものを有限資産化することが、真のホワイトスペースだという。
福島氏が指摘する「よくある勘違い」と尾原氏が警鐘を鳴らす日本人の価値観
ブロックチェーンは改ざんが難しいがゆえに、たしかに“インターネット世界の公証役場”となりうるだろう。しかし、いくら改ざんが難しいといってもハッキングの危険性はないのだろうか。
福島氏は、こういった不安を「よくある勘違い」と一刀両断する。私たちが気づいていないだけで、実はむしろ現実社会のほうがハッキングしやすいというのだ。現在でも、保険事故の偽装は行われている。また、私たちの記憶はあいまいで、目撃者情報の中には思い違いに基づくものも存在する。
しかしすべてがデジタル化されれば、複数のデータをもとに多面的に検証できるようになる。検証するのは、AIのアルゴリズムだ。自動車事故一つとっても、事故現場の写真と走行履歴に矛盾はないか、機械がすべてを自動的に判定できるとしたら。かえって、今の社会よりも「だましにくい社会」になるはずだ。
データが増えれば増えるほど、電子証拠の価値は現実の証拠の価値を上回るようになる。福島氏はそう述べた。
尾原氏は、少数のエラーに着目しがちな日本人の価値観に警鐘を鳴らす。小さいミスをゼロにすることにこだわるあまり、チャンスのすそ野を狭めてしまっては、国際社会という戦場では勝ち抜けないというのだ。
仮にリスクが増えたとしても、他のパラメーターがよくなり、トータルでプラスになるならそれでいい。そのくらい柔軟な発想が必要だと説く。
尾原氏が「日本がブロックチェーンと相性がいい」と考える理由
日本には、技術となるととたんに完璧を求める風潮がある。しかし、私たちが現実社会になじんでいるというだけで、現実社会はそもそも完璧からは程遠い。
尾原氏は、記録大国である日本は、本来ブロックチェーン技術との相性がいいと肌で感じている。過去のデータの蓄積があれば、スマートコントラクトを導入し、標準化するうえでの指標にできるからだ。世界には、日本企業とタッグを組みたがる企業も数多く存在する。一方で、機械に完璧を求める日本独自の信仰が、発展の足かせとなっている。
尾原氏はさらに、ブロックチェーンをめぐる世界の動きに言及。今、ルワンダやエチオピアは、中国のシステムをそのまま採用して国家インフラや国家融資インフラを作り、進歩のショートカットをはかっているという。またカザフスタンは、エストニアがブロックチェーンベースの行政システム作ったことを受け、ソフトをインストールするかのごとく、行政システムを導入することを検討しているという。固有性や独自性は、導入後にその都度見出していけばいいという考えなのだ。
これらの国のように、インフラや行政システムをゼロから作るのではなく、インストールし、自国の在り方にあわせてカスタマイズする――こういった動きが加速すれば、アジアやアフリカは30年、50年の進歩のショートカットに成功するかもしれない。そう考えると、今の20代や30代の若者が将来ビジネス上で競合する相手・国は、アメリカやヨーロッパではなく、中国やアフリカなのかもしれない。
福島氏は、ブロックチェーンと個人情報の担保についても言及。ブロックチェーンがあらゆる分野に浸透するにしたがい、「取引コストは安くなるが、プライバシーが侵される」という課題に直面するはずだ。
検証にはデータが必要だが、データには個人情報が含まれる。こういった問題を解決するには、暗号学的なトリックを活用しなければならない。たとえば、問題の箇所以外は隠しながら検証したり、検証内容を隠したままプルーフだけを取得したりといったことも技術的には可能だ。
暗号化・秘匿化とブロックチェーン技術は、切っても切り離せない関係といえる。中国は、個人情報を「政府×技術」に託すほうが、社会全体の利益が大きいというコンセンサスのもと、大々的にブロックチェーンの商用化を進めている。プライバシーの問題は、部分的に犠牲にしたまま流れに身を任せているともいえるだろう。福島氏は、日本は中国と同じやり方をとることはないだろうと予測する。
激動の時代において、機械に完璧を求める幻想を捨て、世界の動きに目を向けながら、私たちは私たちなりの進歩の在り方を模索していかなければならない。
本イベントの動画はbtokyo members会員登録の上で同サイトで無料視聴できる。
文:木崎 涼
編集:濱田 優
画像:btokyo members