2020年アメリカ大統領選挙は、この先4年間の暗号資産(仮想通貨)に対する政策を左右することになる。たとえ、いずれの候補者が暗号資産に特化した政策をアピールしていなくても。
大統領選挙の候補者はブロックチェーンに詳しいわけではなく、実際、暗号資産についてほとんど言及していない。次期大統領が当局のリーダーとして指名する人たちが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を含むさまざまなデジタル資産の法律や規制作りを進めていくことになる。
「規制に関する大きな問題、法律に関する大きな問題を抱えており、就任する人たちはそれらについて非常に大きな役割を果たすことになる」と、ブロックチェーン・アソシエーション(Blockchain Association)のエグゼクティブディレクター、クリスティン・スミス(Kristin Smith)氏は話す。
だが、候補者はいずれもすぐに実行できる政策を考えてはいないだろう。「暗号資産は優先順位が低いだけに、驚くべきことではない」と金融コンサルティング会社FSベクター(FS Vector)のパートナー、ジョン・コリンズ(John Collins)氏は述べる。
大統領選挙に立候補しているのは、共和党のドナルド・トランプ大統領、民主党のジョー・バイデン前副大統領、リバタリアン党のジョー・ジョーゲンセン(Jo Jorgensen)氏、無所属の暗号資産起業家、ブロック・ピアース(Brock Pierce)氏、無所属のミュージシャン、カニエ・ウェスト(Kanye West)氏。だが事実上はトランプ大統領とバイデン前副大統領の戦いだ。
トランプ大統領は公にビットコインを激しく非難し、ビットコインの「ファンではない」とツイートしている。
バイデン前副大統領はビットコインについて公には発言していないが、7月に前副大統領のツイッターアカウントが、他の著名人や多くの暗号資産取引所やインフルエンサーなどと同時にハッキングの被害を受けた。その際、バイデン前副大統領の陣営はビットコインの寄付を募ることはしないと、冗談交じりのコメントをした。
両候補とも、暗号資産とブロックチェーンを選挙運動の争点にはしていない。
鍵を握る規制当局の人事
今回の選挙が暗号資産政策に与える最も直接的な影響は、大統領が任命し、上院が承認する規制当局の人事だ。SEC(証券取引委員会)委員長、CFTC(商品先物取引委員会)委員長、OCC(通貨監督庁)長官、財務長官、国務長官など数人が、政府の暗号資産への取り組みを左右する。
SEC
現在のところ、SECはジェイ・クレイトン(Jay Clayton)委員長が率いているが、トランプ大統領は同氏をニューヨーク州南部地区連邦検事に指名した。トランプ大統領が勝利し、クレイトン氏が検察当局のトップとして承認された場合、へスター・ピアース(Hester Pierce)委員が、少なくとも暫定的にSEC委員長となる可能性が高い。
そうなれば大きな進展だ。ピアース氏はこれまでに暗号資産の開発と規制緩和を支持しており、「クリプト・ママ(Crypto Mom)」のニックネームで呼ばれている。
バイデン前副大統領が勝利した場合、誰をSECのトップに任命するかは不透明。だが民主党のキャロライン・クレンショー(Caroline Crenshaw)委員とアリソン・ヘレン・リー(Allison Herren Lee)委員が少なくとも当面の候補となるだろう。
業界ロビイストで、共和党のウォーレン・デビッドソン(Warren Davidson)下院議員の側近を務めたこともあるロン・ハモンド(Ron Hammond)氏は、特にバイデン前副大統領が勝利した場合、SECは多くの取り組みを行うだろうと予想している。
「どちらが勝つとしても、多くのスタッフが来年の職をしっかり確保しておきたいと考えている。彼らは積極的に仕事に取り組み、何もしていないわけではないことを示したいと考える」
SECは全体として、明確な枠組みを構築するよりも「執行による規制」の方向に傾いているように見えるとハモンド氏は述べた。
CFTC、OCC、FRB
一方、CFTCは規制の枠組みを構築する可能性が高く、現在のヒース・ターバート(Heath Tarbert)委員長は2019年に就任したばかり。そのためあと数年はその座に留まると見られている。
ブライアン・ブルックス(Brian Brooks)氏が臨時長官に就任して以来、多くの波紋を立ててきたOCC(通貨監督庁)の方向性は不透明だと、ハモンド氏は語った。
「誰の名前も耳にしていない。共和党からも民主党からも」
アメリカが中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行するかどうかは、以前として不透明。FRB(連邦準備理事会)は「デジタルドル」をサポートできるさまざまなテクノロジーを調査していると、ラエル・ブレイナード(Lael Brainard)FRB理事は今年はじめに述べた。ブレイナード氏はバイデン政権の財務長官候補と噂されている
一方で、トランプ大統領が勝利した場合、現職のスティーブン・ムニューシン(Steven Mnuchin)財務長官がその地位にとどまるか否かはわからない。しかし、FRBのジェローム・パウエル(Jerome Powell)委員長は続投する可能性が高いとハモンド氏は考えている。
トランプ vs. バイデン
もちろん、誰もが今回の選挙が暗号資産業界に大きな変化をもたらすと考えているわけではない。
「誰が選挙に勝ったとしても、暗号資産規制という点で大きな違いはないと思う」とビラノバ大学(Villanova University)ビジネススクールのジョン・セデュノフ(John Sedunov)准教授は述べる。
同氏の見解では、規制当局はこれまで通り、暗号資産を金融資産として取り扱っていく可能性が高い。
「テクノロジー、巨大テクノロジー企業、金融規制に関して言えば、バイデン政権では金融機関や銀行業務に対する監視が強まることは明らかと考えている。しかし現時点では、暗号資産業界は『大きすぎてつぶせない』状態になることを心配する必要はないと思う」
ブロックチェーン・アソシエーションのスミス氏は、バイデン政権は「ほとんど不明」だが、2期目のトランプ政権は暗号資産業界にとってより馴染み深いものになると指摘した。
暗号資産関連の取り組みは増加
また次期大統領は、データプライバシー、独占禁止・巨大テック企業問題、消費者保護といった暗号資産に関連する問題にも影響をおよぼすだろう。
現職のウィリアム・バー(William Barr)司法長官は、暗号資産に対する法執行の枠組みや、他の機関との共同声明などを踏まえると、暗号化に反対の姿勢を見せている。バイデン前副大統領が司法長官に指名する人物も同様の見解かどうかはわからない。
しかし、消費者保護はバイデン政権の関心事になる可能性が高いとセデュノフ氏は述べた。
「暗号資産業界と関係者がバイデン前副大統領の勝利について考えるべきベストな方法は、消費者本位で、経済にとって健全なものという考え方を売り込むことだ」
バイデン前副大統領が勝ったとしても、既存の規則や指針がすぐに変わる可能性は小さいと、FSベクターのコリンズ氏は語る。少なくとも、大きな優先事項とはならないことがその理由の1つだ。
コリンズ氏によると、可能性が大きいのはは、どちらの政権になっても暗号資産関連の経歴を持つ人員が増えることだという。
ヨーロッパとアジアの規制当局が中央銀行デジタル通貨(CBDC)やブロックチェーンに対する他の規則への関心を高め、特に中国が「デジタル人民元」の開発を急速に進めていることを考慮すると、次期政権はこの分野でより多くの取り組みを行わなければならないだろうと、コリンズ氏は述べた。
「連邦政府がビットコインを人々に配るとは思っていないが、よりオープンで信頼できる決済ネットワークをめぐるアイデアは議論の大きな位置を占めることになるだろう」
上院議員選挙の影響
大統領は来年の暗号資産規制の方向性を決めることになるかもしれないが、政府のアプローチの大部分は議会によって決められる。下院は民主党優位のままと考えられており、統計サイトの「FiveThirtyEight」によると、民主党は今のところ、上院でも勝利が見込まれている。
つまり、上院銀行委員会は民主党の手にわたり、民主党のシェロッド・ブラウン(Sherrod Brown)上院議員が同委員会の指揮を執るだろうとハモンド氏は述べた。
コリンズ氏は、民主党も共和党も、スポット市場をめぐるある種の規制と、どの機関が担当すべきかについて合意できると考えていると述べた。
スミス氏によると、来年はより多くの議員が暗号資産に注目し始めると考えているという。
「上院に関して言えば、ここ数カ月で複数の上院議員サイドからアプローチがあり、来年は暗号資産が優先事項となるので、対話を始めたいと言ってきている」とスミス氏は述べた。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
画像:Justin Sullivan/Getty Images
原文:Election 2020: What’s at Stake for the Crypto Industry
(編集部より:米政府の名称を訂正しました)